「俺を疑ってんのか?」2人の溝はどんどん深まり…
■父親の財産を巡り兄弟が口論
「熊田さんから持ちかけられた家族信託の件だけど、母さんとも相談してハンコは押さないことにしたよ」
英二は、賢一に対してきっぱり家族信託の申し出を断った。
「なんでだよ。さてはお前、俺が父さんの財産を独り占めするとでも思っているんじゃないのか。俺がそんなこと考えるわけないだろ。長男として、父さんの財産をしっかり守りたいだけなんだよ。お前だって父さんの認知症がどれだけ重症かわかっているだろ? もう自己判断力がないから、効力のある遺言だって書けないんだ。冷静に考えたら、家族信託しかないじゃないか」
賢一は、もっともらしく説明する。
「兄ちゃんの言うことも一理あるけど、そもそも家族信託だって認知症が重症なわけだし出来ないんじゃないの? ちょっと熊田さんにマインドコントロールされ過ぎじゃない? なんで、そんなに家族信託にこだわるんだよ」
「はぁ、何言ってるんだよ? 熊田さんは父さんの代から、うちの会社の経理を支えてきた金庫番だよ。熊田さんだって、父さんや俺たちを心配して提案してくれてるんだよ」
「でも、やり方が強引すぎるよ、熊田さんは。俺や母さんの言うことなんか聞かず、とにかく『ハンコ押してください』の一点張りなんだから。あの態度は信用できないよ」
「人を疑うのもたいがいにしろよ……」
賢一は、いらだちを隠せず煙草に火を付けた。煙草の煙を吐き出しながら賢一は眉間にしわを寄せ、しばらく沈黙してから続けた。
「……じゃあ、どうすればいいんだ。父さんの財産をこのままにしておくのか、これ以上、認知症がひどくなったら大変だぞ」
「俺だって考えているよ。実は相続の専門家に相談したら、成年後見制度を勧められたんだ」
「成年後見制度?」
こうして兄弟は「争族」を一旦休戦し、成年後見制度について検討を始めることになった。
■認知症の本人に代わって財産を管理できる「成年後見制度」
「そうですか。わかりました。では一度、私からも賢一に成年後見制度について説明してみますね」
英二さんはそう言って、私の事務所から出ていきました。英二さんから相談を受けた私は、熊田税理士の言うまま家族信託を進めると、ご家族に遺恨が残る可能性があると判断し、成年後見制度をご案内したのです。