「東京・銀座」で地価下落も「長野・軽井沢」で上昇が続くワケ

世界には富裕層から支持され続ける国や街があります。常に投資マネーが集まり、魅力は衰えることなく増すばかり。なぜ富裕層を魅了し続けるのか。今回は「長野県・軽井沢」に注目していきます。

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外国人や政財界の重鎮、皇族に愛されてきた「軽井沢」

 

東京から関越自動車道と上信越自動車道で2時間半、または北陸新幹線で1時間10分。長野県軽井沢に到着します。

 

総務省『令和2年国勢調査 人口速報集計』によると、軽井沢町の人口は1万9197人(男性9181人、女性1万0016人)、世帯数は8571世帯。5年前の調査と比べて、人口は1.07%増、世帯は3.93%増となりました。長野県内78の市町村のうち、人口増を記録したのは7市町村のみ。人口減少時代に突入した日本において、軽井沢は人を引き付けている地域のひとつです。

 

軽井沢といえば、日本を代表する避暑地であり、リゾートというイメージが強いでしょう。日本において最初のリゾート開発は、明治初頭、外国人居留地の欧米人によって兵庫県神戸市の六甲山といわれています。軽井沢でも1888年、カナダ人宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーが美しい風土に惹かれ、この地に別荘地を建設。家族や友人にも軽井沢の素晴らしさを推奨していきました。

 

1893年には鉄道で東京と繋がると、軽井沢はさらに注目を集めることになります。そしてこの年、海軍大佐八田裕二郎が旧軽井沢に別荘を建設。これが軽井沢初の日本人所有の別荘となりました。

 

その後、1894年に軽井沢で最初の洋式ホテル「亀屋ホテル」(後の万平ホテル)、1899年に「軽井沢ホテル」、1906年に「三笠ホテル」が開業するなど、軽井沢の訪問者が増えるとともに、貸別荘やホテルが充実していきます。元々ショーが宣教師であったことから、他の避暑地と比べて多くの宣教師が訪れたことで、キリスト教の色合いが濃い保養地になりました。軽井沢に古くからの教会が残るのはそのためです。

 

大正時代以降は、西武や鹿島建設、東急などの大手資本によるリゾート開発が本格化。今日に至るまでゴルフ場やテニスコート、スキー場などのレジャー施設や大型アウトレットモールなど、次々と誕生していきます。

 

また軽井沢は、政財界の重鎮や芸術家に愛されてきたリゾートという側面も見逃せません。歴代の内閣総理大臣、有島武郎や山本鼎、与謝野鉄幹・晶子夫妻などの文豪が、この地に別荘やアトリエを構えました。さらに皇族とも所縁も強く、1958年、当時皇太子であった明仁親王さまと上皇后美智子さまのなれそめの場として大きく報道されたことで、軽井沢は特別なリゾート、という印象を残しました。

 

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連載資産として受け継がれる不動産

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