「俺、これからどうなるのかなぁ」
楽しい同期との飲み会でもつい弱音が出る。いつも合コンのセッティングを手伝ってくれる同期の岡山も心配してくれた。
「山下、お前、髪切った方がいいんじゃない?」
僕は入社当時から、耳が隠れるくらいの長髪だった。
「ディーリング部はわりとゆるい雰囲気だけど、他の部署だと、目つけられるよ」
岡山は僕と同じようにノリがよく、よく遊ぶが、会社の慣習に自分を合わせることに抵抗はなく、その組織に順応して上がっていけるタイプだ。僕とは違う。
「人に合わせるためだけにスタイル変えるのは嫌だな。それに髪、長い方が女の子にモテるでしょ」
「ウチはわりとゆるい社風だから許されてるけど、K証券に行ったりしたら、あそこは雰囲気違うから」
「えっ、やめてくれよ、K証券に出向? それはないでしょ」
不運なことに岡山の予言は的中した。合併から2カ月後、ディーリング部などから僕を含む14人が、K証券の「投資戦略室」に出向することになったのだ。
K証券「投資戦略室」への出向決定。不安は的中し…
K証券は経営不振に陥っていたため吸収合併され、I証券の子会社という形になったが、元々会社の規模はK証券の方が3倍ほど大きい。それなのに「子会社」という身分に甘んじなければならないのは、K証券の社員にとっては屈辱だろう。
そこに乗り込む僕たちは、予想通り完全にアウェーの状況だった。投資戦略室。名前はカッコイイが、合併に伴って新設された部署で、その目的はディーリングしかやってこなかった「使い道のない」I証券の社員を営業マンとするべく教育することにある。
部長、課長はK証券の人間。残りのヒラは全員I証券。ここから僕の生活は、恐ろしいほどに一変した。
毎朝5時半起床で出勤。個人の机も与えてもらえない
天神橋筋6丁目。大阪では「天六」と呼ばれるこの地域に、僕は就職が決まった時に1Kのアパートを借りていた。部屋は大通りに面していて、この通りをまっすぐに南下すると北浜、自転車で15分ほど走るとI証券やK証券に着く。
ディーリング部にいたときは、朝8時頃、この通りを往来する人々の間をぬって自転車でゆっくり走っていた。8時20分までに着いて、お茶を入れて、取引の開始を自分のデスクで待てばよかった。
しかし、投資戦略室では全く様子が違う。7時から新聞の読み合わせや自社商品などの勉強会があり、ギリギリに滑り込むと怒られるので、朝起きるのは5時半だ。おかげで毎日深夜過ぎまで飲み歩くことなどできなくなった。
通りに人もまばらな6時過ぎ、冬はまだ暗い中、眠い目をこすりながら自転車を飛ばす。
投資戦略室はK証券本店ビル、営業部フロア隅の狭い一室にある。会議室だった所を流用した薄暗い部屋の真ん中に大きなテーブルが一つだけ置かれていて、そこで自社の投資信託や債券の勉強をしたり、新規開拓のためのツールを作ったりする。個人の机も与えられない。
まず、この部署に配属されて一番にしたことは名刺入れと手さげ鞄を買いに行くことだった。ディーリング部では株取引しかしないので、僕は今まで名刺を持ったことがない。「名刺入れとカバンはマチの広いものにしろよ」と、課長に言われたが、僕は「マチ」の意味がわからず、細めのお洒落な名刺入れを買ってきて、「日本語がわからんのか」と、こっぴどく怒られた。新入社員みたいに名刺交換のやり方も練習した。
その次は住宅地図帳から自分が担当する地区のページをコピーして貼り合わせ、一枚の白地図を作る。ここに訪問営業の結果を書き込んでいく。
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