今回は、人事労務管理を怠ったことで発生する問題点を見ていきます。※本連載は、社会保険労務士・吉田卓生氏の著書、『Q&A院長先生の労務管理』(中央経済社)の中から一部を抜粋し、院長先生が行うべき職員の人事労務管理について、その基本となる考え方と、給与・賞与面での具体的な対応ポイントをご紹介します。

トラブル解決に費やすコストも発生

第1回で紹介した人事労務のトラブル実例は、昨今クリニックで起こっている、数あるトラブル実例の氷山の一角です。院長に人事労務管理の知識が不足していたり、人事労務管理そのものを怠った場合に、結果としていったい何が起こるのか、再度ここで整理します。

 

【人事労務管理を怠った結果起こること】

 

(1) ムダなコストが発生する
(2) 負のコストが発生する
(3) 職員との信頼関係が悪化する
(4) 優秀な職員の離職を招く
(5) クリニックの評判に大きなマイナスとなる
(6) クリニック経営を揺るがす大きなトラブルに発展する

 

(1)ムダなコストが発生する

 

職員への給与や残業代の支払いは、積極的な経営を前提とすると、投資と考えることができます。ただし、ダラダラ残業や無許可の残業は、ムダを多く含んでいる可能性が大きいといえます。特に、職員から無許可の残業を事後に申請され、残業代を申請のままに支払っていれば、ムダなコストとしての人件費が膨らんでしまいます。

 

院長は、職員の能力と仕事の質と量を見極めたうえで、残業をさせる必要があるかどうかを判断し、残業をさせる必要がある場合は、職員に残業をしてもらう仕事内容と残業時間を具体的に依頼します。また、職員から事前に残業の申請があった場合には、必要に応じ許可をするようにします。さらに、ムダともいえる残業のために職員がクリニックに居残ると、それだけで水道光熱費も消費されてしまうことになり、二重三重にムダなコストが膨らんでいきます。

 

(2)負のコストが発生する

 

クリニックにとって最も発生させてはいけないコストが、人事労務トラブルによって発生する、いわゆる「負のコスト」です。前回紹介した人事トラブルの実例のようなトラブルが発生してしまうと、トラブル解決に費やす時間的人件費コスト、トラブル解決金、その間に仕事ができなかったことによる機会損失、精神的ストレスによる生産性の低下などによる、「負のコスト」増を発生させてしまいます。

 

「負のコスト」は、クリニックがさまざまな努力をして生み出した利益を、一瞬にして吹き飛ばしてしまいます。院長はこの負のコストを発生させないよう、人事労務に関する最低限必要な知識(クリニックの人事制度、就業規則、労働基準法など)を身につけ、常日頃から職員の仕事ぶりを観察し対話していくことが必要です。

職員との信頼関係の悪化はクリニックの質を低下させる

(3)職員との信頼関係が悪化する

 

院長が人事労務管理を怠ると、職員は自分のことを考えてくれない院長に失望してしまいます。また、日々の労務管理上の気遣いができない院長は、職員から敬遠されてしまいます。

 

このような職場では、職員の院長に対する感情は嫌気や不人気として表れ、やがてそれは不満となり、少しずつ蓄積され大きくなっていきます。ふとしたきっかけでその不満が爆発し、大きなトラブルへと発展することがあります。このような状況に陥ってしまうと、当然のことながら、職員との信頼関係を築くことはできません。ますます悪化の一途をたどってしまいます。

 

(4)優秀な職員の離職を招く

 

人事労務管理を怠っている院長は、優秀な職員の離職を招いてしまうことがあります。特に新規採用した職員は、院長の人事労務管理上の言動には敏感です。例えば、人事労務管理の基本である就業規則を例にとると、就業規則をオープンにしないクリニックや、院長が就業規則の内容を説明できないクリニックは、それだけで新しい職員から、クリニックの本質やレベルを見抜かれてしまいます。

 

収益を継続的にあげ職員の士気が高いクリニックは、職員との厚い信頼関係のもと、院長が人事労務管理を職場できめ細かく実践しています。このようなクリニックでは、優秀な職員の離職は、よほどの個人的な理由がない限り起こりません。以上のように、人事労務管理は、優秀な職員の離職と定着に深い関係があることを、もっと認識すべきです。優秀な人材がクリニックに残らなければ、継続的な発展はあり得ません。

 

(5)クリニック経営を揺るがす大きなトラブルに発展する

 

クリニックでは、院長が人事労務管理を怠ったことから、クリニック経営を揺るがす大きなトラブルへと発展することがあります。例えば、労災事故や、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどの人事労務トラブルが発生した場合は、民事上で院長の使用者責任を問われ、裁判の結果、多額の損害賠償金の支払いを命じられることがあります。また、職員の残業代の不払いが発覚し、過去にさかのぼって支払うことになれば、即刻資金繰りに影響してしまいます。

本連載は、2012年8月10日刊行の書籍『Q&A院長先生の労務管理』から抜粋したものです。その後の労働法令改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

Q&A院長先生の労務管理

Q&A院長先生の労務管理

吉田 卓生,税理士法人ブレインパートナー

中央経済社

忙しい院長は不満を持つ職員、問題職員への対応が後手に回りがちかもしれませんが、職員のやる気を引き出し、能力を向上させるためにも、人事労務管理はとても重要です。本書では、勤務態度、メンタルヘルス、給料や休暇など実…

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