感染再拡大の原因はあくまで「気候変動」
新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が止まらない。4月20日、政府は大阪府に対して緊急事態宣言を発令する方針を固め、東京都・兵庫県についても検討を進めている。
このような動きは、専門家の考えにも適う。尾崎治夫・東京都医師会長は4月13日の記者会見で「医療が逼迫する可能性が高くなる前に、宣言発令に持っていったほうがいい」と発言している。この主張の根底には、3月21日に緊急事態宣言が解除され、その後のリバウンドが問題という考えがある。これは感染拡大を「気を緩めた国民に責任がある」と言っているのと同じだ。
私は、このような議論を聞くと暗澹たる気持ちになる。それは感染拡大の解釈が一面的だからだ。原理的には、コロナはヒトとヒトが接触しなければ、感染することがない。すべての社会活動を停止すれば、感染は収束するはずだ。ただ、こんな議論は意味がない。実社会における実効性がないからだ。
コロナ感染は世界中で拡大している。4月17日、1日あたりの新規感染者数(7日移動平均)は476万6,000人で過去最高を記録した。
図表1は主要先進国(G7)の新規感染者数の推移だ。
英米伊を除き、同時期に感染者が急増している。これは日本での感染拡大が、緊急事態宣言解除後のリバウンドという日本固有の問題だけでなく、世界共通の原因があることを示唆する。
おそらく気候変動だろう。風邪を引き起こす季節性コロナは、冬場だけでなく5-8月にかけても流行することが知られている。新型コロナが、この性質を引き継いでいてもおかしくない。それなら、この季節に感染が拡大することは合理的だ。季節的な流行が感染拡大の理由なら対応はかわるはずだ。
余談だが、G7のワクチン接種数の累計を図表2に示す。英米が突出しているのがわかる。この二国で感染が再燃していないのは、ワクチンにより集団免疫が獲得されつつあるからだろう。独仏加と違い、伊で感染が収束しつつある理由は不明だ。
出鱈目なコロナ対策の象徴、「マスク会食」
話を日本に戻そう。日本のコロナ対策の問題は合理的でないことだ。医学的な間違いも多い。リーダーが間違いを公言すれば、その国の信用に関わる。
私が、その象徴的なケースと考えているのが、マスク会食だ。3月1日から本稿を執筆している4月21日までに「マスク会食」という単語を含む記事は、全国紙5紙に123報掲載されている。『大阪知事「飲食店利用、マスク義務」まん延防止適用なら』(朝日新聞3月30日)、『まん延防止 マスク外し外食 罰則 大阪市の飲食店に』(4月2日、読売新聞)のように飲食店でのマスク会食の徹底を求めるものが多い。
吉村洋文・大阪府知事は、マスク会食を政令で義務化すべきとの見解を表明しており、マスク会食の実効性に疑義を挟むのは、「食事中に着けたり外したりすると、ウイルスに触れる可能性がある」と発言した久元喜造・神戸市長など、ごく一部だ。
これはいただけない。ムードに流され、科学的な合理性が皆無だからだ。
コロナは唾液の飛沫によって周囲に感染する。会食参加者がマスクを装着することで、自らが感染するリスクを減らすことができるかもしれない。しかしながら、感染者が会食中にたびたびマスクに触り、その手でテーブルやドアノブに触れれば、感染を拡散するリスクもある。両者はトレード・オフの関係だ。
このような問題が生じたとき、医学界では臨床試験で検証する。いくら議論しても答えは出ず、やってみなければわからないからだ。ところが、私が知る限り、マスク会食の効能を評価した臨床試験は報告されていない。
外科医の感染症対策からわかる「マスク会食」の危険性
では、現時点で得られる情報から、マスク会食の効果はどう考えるべきだろうか。私は推奨しない。いや、禁忌といったほうが妥当かもしれない。
コロナ流行前から日常的にマスクを使っていたのは病院だ。病院でマスクを使用するのは、感染者の治療にあたる医療従事者を感染から守るためだ。その効果についての研究は多数報告されている。きっちりとマスクを装着すれば、相当程度に自らが感染することを防ぐことができる。
たとえば、2017年、シンガポールの研究者たちは米国臨床感染症雑誌(CID)に、過去に発表された論文をまとめたメタ解析の結果を発表し、医療従事者がマスクを装着することで、インフルエンザ類似の感染症を66%低下させたと報告している。重症急性呼吸症候群(SARS)では87%も低下させたという。
しかしながら、これはトレーニングを受けた医療関係者が、しっかりマスクを着けた場合に限っての話だ。医療従事者が患者からうつされることを予防することが主眼である。
現在、日本で問題となっているのは、会食に感染者が参加し、彼らが周囲にうつすのを防ぐことだ。マスク会食をすれば、会食中に感染者は度々マスクに触れ、ウイルスに汚染された手でテーブルやドアノブなどを触る。彼らはウイルスを撒き散らす可能性が高いのだが、こんな行動をとる医療従事者はいないため、その危険性については、十分に研究されていない。
参考になるとすれば、手術の際に外科医が装着するマスクの汚染だ。これは、患者の体液が飛沫することによる感染から外科医を守ることに加え、外科医が手術野に口腔や皮膚に常在する細菌を持ち込まないことを目的としている。
2018年の中国の上海交通大学の研究者の報告によれば、手術開始後、マスクの細菌汚染は単調増加し、検出されたのは外科医の皮膚に存在する常在菌だったという。研究者たちは、この結果を受け、手術中は2時間に一度はマスクを交換すべきと推奨している。外科医をコロナ感染者に置き換えれば、マスク会食がどれほど危険かご理解いただけるだろう。
私は血液内科医で、骨髄移植に従事してきた。無菌室に入るときにはマスクを装着するが、院内感染対策を専門とする先輩医師からは「患者さんの部屋に入れば、絶対にマスクを触るな」と指導された。私は、この教えを守り、後輩にも伝えてきた。これが医療界の常識だろう。コロナの専門家たちが、マスク会食に誰も反対しないのが不思議でならない。
緊急事態宣言を再出しても「コロナの再々拡大」は明白
マスク会食は、日本のコロナ対策の迷走を象徴している。多少とも感染症を学んだ人なら、マスクを触る行為が危険であるのは常識だ。厚労省、大阪府、さらに関係する専門家のなかにも、疑問を抱いた人は多数いたはずだ。
ところが、厚労省や大阪府の会議で、批判的な声は挙がらず、田村憲久厚労大臣や尾身茂・コロナ感染症対策分科会会長など政府関係者、あるいは吉村知事は、医学的な誤りを公言しつづけてきた。これでは「裸の王様」だ。
これは、マスク会食が初めてではない。「PCR検査は擬陽性が多い」「イソジンでうがいすると、コロナ感染を予防できる」。彼らは同じような間違いを繰り返してきた。これはガバナンスの問題だ。
医学的知識に乏しいリーダーが思いつきで言ったことに、周囲は反対できず、マスコミもそのまま報じる。これが日本のコロナ敗戦の真相だ。「緊急事態宣言」は果たして妥当な対策なのだろうか。ムードに流されず、科学的で合理的な議論が必要だ。
上 昌広
内科医/医療ガバナンス研究所 理事長
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