一方、医療が交通事故と異なるのは、人体といった狭い個体の範囲でも大自然のように予測不可能な事態(不確実性)が起こり得るということですし、工場で物を生産するように品質管理によって質を保証できるような類のものではないということです。
マイケル・ポーターは過剰な防衛医療となり、「できることはすべてやった」という言い訳をするための、過剰な検査の重複、強引かつ不必要な治療が増えていることを懸念しています。また多くの医師は訴訟時に備えて医師賠償責任保険に加入していますが、実際には医師賠償責任保険に支払う保険料の30%しか患者や家族には回っていないとマイケル・ポーターは指摘しています( M.E. ポーター・E.O. テイスバーグ著、山本雄士訳『医療戦略の本質 価値を向上させる競争』日経BP社)。
感情的なリスクゼロを謳う医療安全は廃止すべきである
医療訴訟問題を過剰にあおることで、誰が利益を得ているのでしょうか?
医療訴訟を行う弁護士?
医師賠償責任保険あるいは医療機器や製薬企業でしょうか?
医療安全をアピールすることで保険加入者が増え、医療者が安全に遂行することで保険会社は利益が上がります。自動車の場合、通常は保険に入ると安心して危険な運転に走るといったモラルハザードの問題が生じるのですが、医療訴訟の保険の場合はそういったモラルハザードもなく、保険会社にとっても大きな儲けにつながります。医療安全の重要性を殊更強調しているのは保険会社なのです。
さらに医療安全は人の命といった倫理的側面ばかりが強調されて語られることが多いですが、実際に医療を100%安全にするには膨大なコストがかかるというコストの視点も必要です。医療安全が100%になるなら、国民全員から毎年1億円徴収してもよいでしょうか。コストとリスクはトレードオフの関係にあり、コストとリスクの合理的な妥結点を見いだすべきと思います。感情的なリスクゼロを謳う医療安全は廃止すべきですし、個人に責任を負わせる、いわゆる犯人探しからも離脱しなければなりません。
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愛知医科大学 内科学講座肝胆膵内科学准教授
角田 圭雄
愛知医科大学内科学講座肝胆膵内科学准教授(特任)。一般社団法人日本医療戦略研究センター(J-SMARC)代表理事。医師、博士(医学)、MBA(医療経営学修士)。
1970年大阪府生まれ。1995年京都府立医科大学卒業、2002年京都府立医科大学大学院で博士号(医学)を取得。市立奈良病院消化器科部長、京都府庁知事局知事直轄組織給与厚生課健康管理医(総括)、京都府立医科大大学院医学研究科消化器内科学講師を経て2016年10月から現職。2015年英国国立ウェールズ大学経営大学院でMBA in Healthcare Management(医療経営学修士号)を取得。立命館大学医療経営研究センター客員研究員を兼任。日本肝臓学会評議員・指導医。日本消化器病学会評議員・指導医。日本医療経営実践協会医療経営士3級。
著書に『最新・C型肝炎経口薬治療マニュアル』(2016年4月、編集および共著)『症例に学ぶNASH/NAFLDの診断と治療|臨床で役立つ症例32』(2012年4月、編集および共著)、『最新!C型肝炎治療薬の使いかた』(2012年10月、編集および共著)、『見て読んでわかるNASH/NAFLD診療かかりつけ医と内科医のために』(2014年8月、編集および共著)
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