ギリギリと不快な摩擦音で周囲を悩ます「歯ぎしり」。やめようと思っても無意識に出てしまうので、周囲も本人も困りもの。歯と歯をこすり合わせるだけであれだけの音が出るのですから、歯や筋肉に相当な負担がかかっているのは想像にかたくないでしょう。実は歯ぎしりの悪影響は「歯」だけにとどまらず、全身に及ぶことをご存じでしょうか? 歯学博士の筆者がわかりやすく解説します。※本連載は野村洋文氏の著書『健康寿命は歯で決まる!』(イースト・プレス)より一部を抜粋・再編集したものです。

実は「食いしばる」のも…3種類の歯ぎしり

「歯ぎしみの拍子とるなりきりぎりす」江戸時代の俳人、小林一茶の句。聞こえてくるきりぎりすの鳴き声に合わせ、自分で歯ぎしりをギシギシとして、風情を楽しんでいる様子です。風流ですね。

 

まあ、歯ぎしりを風流に感じる人は、小林一茶ぐらいなものでして、実際は、「ギシギシ」「キリキリ」「ギリギリ」…睡眠中に、不快な音を出して、出されて、苦情を言われた方、言いたい方、少なからずいらっしゃると思います。

 

強く歯をこすり合わせ、音を出す「歯ぎしり」、専門的には「ブラキシズム」と言い、

 

①上下の歯をギシギシさせるグラインディング

②食いしばり(クレンチング)

③上下の歯を小刻みに動かすタッピング

 

の三つに分けられます。一般には、①を歯ぎしりと呼んでおりますが、②や③も歯ぎしりに含まれます。また、夜、睡眠中のみならず、昼間も同様に歯ぎしりは生じます。

 

(画像はイメージです/PIXTA)
(画像はイメージです/PIXTA)

 

ご経験のある方ならおわかりですが、歯をこすり合わせるだけで、あれだけの大きな音が出せることに驚きを隠せませんね。後ほど、詳しく書きますが、歯・歯の周囲組織である歯肉や骨・さらには全身に相当な負担がかかってしまうのはご想像いただけるかと思います。

 

めったに人前に出ず、なぞの多かった徳川九代将軍家重、彼は異常とも言えるほどの歯ぎしりをしていたことが判明しました。歯の変形が起こると、発音に著しく障害をきたします。重度の人見知りは、歯ぎしりによって歯が極度に磨り減り、うまく話せないことが原因の一つとも考えられております。

歯ぎしりの最大の要因は「ストレス」

では、何故、歯ぎしりが生じてしまうのでしょうか? 多くの臨床研究や動物実験がなされているにもかかわらず、歯ぎしり自体は、そのメカニズムが完全に解明されているわけではありません。わからないことの方が多いのが正直なところです。

 

しかしながら、まず第一にストレスに起因する、というのはほぼ間違いない事実のようです。

 

歯ぎしりがストレスに関係するという事実を、身をもって経験したことがあります。以前、50代半ばの男性患者さんに、「歯ぎしりをしているようで、顔と顎が痛くてつらい。どうにかしてほしい」と相談されました。お聞きしたところ、奥様を亡くされて以来、ひどく落ち込み、相当なストレスを感じて生活されているとのことです。

 

そこで、マウスピースを作製し装着していただいた結果、今まで苦悩していた痛みがとれるに至りました。さらに驚くなかれ、痛みから解放された結果、精神的ストレスも緩和され、表情に従来の明るさが戻ったのです。

 

つまり、ストレスを感じ、歯ぎしりを始めてしまった。その歯ぎしりのダメージからストレスが増し、それがさらに歯ぎしりを助長していたのです。

 

しかしながら、歯ぎしりは依然としてされているとのことです。

 

ここで、重要なことを述べます。「歯ぎしりは止められないし、また、止めてはいけない」という考えが、現在では主流になっております。

 

先ほども述べましたが、歯ぎしりは、脳が指令して起こる、ストレス解消のための行為だととらえられているからです。無理やり、歯ぎしりを止めようとすると、逆に脳がストレスを感じ、歯ぎしりを悪化させる場合もあります。

 

ですから、性格的にはストレス発散をうまくできない人が歯ぎしりをしやすいと言われております。また、競争心が強い人や、いつも時間に追われている人も、歯ぎしりをする傾向が強いようです。

 

さらに、睡眠時無呼吸症候群という、眠っている間に呼吸が止まる病気や、逆流性食道炎という胃から食道へ胃液が逆流してくる病気と、歯ぎしりとの関係性は強く示されております。

 

その他、飲酒や喫煙などの嗜好(しこう)品摂取によっても、歯ぎしりを引き起こす可能性が高くなることが報告されています。コーヒーに代表されるカフェインを多く含む食品も、交感神経を優位にさせ、ストレスや緊張をより強くすることから、歯ぎしりを助長させる要因になるようです。

脳内物質を分泌…食いしばりも「ストレス緩和」の行為

ここまで述べてきた歯ぎしりですが、先に述べたグラインディング、つまり、上下の歯をギシギシとこすり合わせる現象についてイメージされていると思います。正解です。

 

日中無意識に食いしばってしまう、「食いしばり」も歯ぎしりに含まれることはすでに述べましたね。では、食いしばりは何故生じるのでしょうか?

 

ズバリ、これもストレスが大きく影響していると考えられております。「歯を食いしばって耐える」という表現があるように、強いストレスや苦痛があるとき、私たちは無意識に歯を食いしばります。

 

食いしばると、痛みを和らげる作用(鎮痛作用)を持つ、「βエンドルフィン」という物質が脳に分泌され、苦痛が軽減されるからです。常時、強いストレス下にある人は、手っ取り早く、βエンドルフィンを分泌しようと、意識しないうちに食いしばるのが癖になってしまうのです。

歯にかかる負担は「体重の約3倍」

まず、歯ぎしりは上下の歯を普通にこすり合わせるだけのものではありません。あれだけの音を生じさせるのですから、かなりの力で歯と歯をこすり合わせていることは想像がつきます。おおよそ、自分の体重の3倍ほどの力が加わると言われております。

 

それだけの負担が歯にかかるわけですから、当然、歯の表面がすり減ってゆきます。歯がすり減ってゆくということは、限りなく歯の中に存在する神経に近づいてしまう。これもご想像できますよね。

 

そうなりますと、むし歯で歯に穴が開いているわけでもないのに、歯がしみてきてしまいます。これを知覚過敏と言いまして、痛みが強くなり我慢できない場合、神経を取らざるを得ません。症状がひどくなると、神経が露出してしまうケースも少なからずあります。

 

さらに、過度な力が加わり続けることで、歯がその力に耐えきれなくなり、ひびが入ったり、割れたりすることもあるのです。

歯周病、肩こり、無呼吸状態、偏頭痛…全身に悪影響

また、それだけの力が、歯を支えている歯肉や骨にも加わりますから、歯の周りの病気である歯周病を悪化させる原因にもなってしまいます。

 

顎を動かす関節(顎関節)に負担がかかるので、口が開きづらくなる、顎が痛い、という顎関節症になる可能性もありますし、顎を動かす筋肉は顎から首、肩へと繫がっているので、その筋肉に疲労がたまり、首や肩が凝ることもあります。

 

歯ぎしりの後に、無呼吸状態になることが高頻度で観察されており、前述したように、睡眠時無呼吸症候群を起こしてしまう可能性もあるのです。

 

さらに、側頭筋という筋肉は、顎から頭の横に広がっているため、それが緊張することで、偏頭痛が起こることもあります。昔、我々のご先祖様が生でお米を食べていた頃、噛(か)む度に耳の前の筋肉がピクッ、ピクッと動くことに気づいておりました。お米を噛むと動く場所ということで、「こめかみ」と名付けられたのです。側頭筋がその場所にあたりますよ。

 

 

野村 洋文

木下歯科医院 副院長、歯学博士

 

 

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