認知症の妻亡き後の承継先も自分で指定しておきたい
父郎の子供は、一郎の他、地方勤務の二郎、外国人と結婚し海外に暮らす花子の3人です。花子は、20年以上両親に顔を見せず、一郎や二郎ともあまり仲がよくありません。
父郎は、自分が死んだら、自宅を含めた財産はすべて母子に相続させたいと考えていますが、母子の亡き後、自宅は一郎に、賃貸マンションは二郎にあげたいと考えています。しかし、母子はすでに認知症が進行しており、遺言書を書けるだけの理解力はなさそうです。
自分亡き後の母子の生活を保障しつつ、遺言の書けない母子に代わって、母子亡き後の資産の承継先まで父郎が自分で指定したいと考えています。
<解決策>
林父郎は、長男一郎と公正証書で信託契約を締結します。その内容は、委託者兼当初受益者を父郎自身、受託者を一郎と定め、自宅・賃貸マンション・金融資産の管理を託します。
父郎亡き後の第二受益者を妻の母子に定め、引き続き一郎に母子のための財産管理と生活・介護・療養に関する費用の給付等を託します。父郎と母子が亡くなることで信託が終了するように定め、残余財産については、一郎に自宅を、二郎に賃貸マンションを、金融資産は一郎、二郎で分け合うように規定しておきます。
また、信託契約と同時に父郎の遺言公正証書も作成し、自分亡き後の信託財産以外の財産は、同時に作成する信託契約の信託財産にすべて追加信託する旨を規定しておきます。
なお、父郎の相続時に長女の花子から遺留分侵害額請求をされた場合は、受託者が信託財産(=母子の財産)から代償金を支払うことを想定します。
委託者:小林父郎
受託者:小林一郎(予備的に小林二郎)
受益者:①小林父郎②小林母子
信託財産:自宅・賃貸マンション・現金
信託期間:父郎および母子が死亡するまで
残余財産の帰属先:自宅は一郎、賃貸マンションは二郎、金融資産は一郎・次郎に均等
<要点解説>
一郎は、受託者として、父郎の生前は父郎および被扶養者たる母子のために財産管理をし、父郎亡き後は母子のために財産管理をします。いわば、父郎と母子の成年後見人としての役割も実質的に担えるので、特別な事情がない限り、父郎夫妻が成年後見制度を利用することは想定しなくて済みます。
父郎夫妻の健康状態によっては、どちらか一方あるいは夫婦とも入院・施設入所の可能性があるので、マンションの賃料収入や保有する現預金で万が一収支が回らなくなれば、不動産を処分したり不動産を担保に融資を受けることも、受託者一郎の判断で行うことができます。
父郎亡き後に遺った財産は、遺言で信託財産以外の全遺産も信託財産に追加することで、結果として父郎の遺産全てが信託財産として母子に遺すことができますので、母子の財産管理に全く支障が出ず安心です。また、遺産分割協議の余地を排除できるので、話し合いに参加が難しい母子に後見人を就けずに済みますし、“争族”の火種となりうる長女の花子と話し合いをする必要もなくなります。
花子は、父郎の死亡(一次相続)時に何ももらえないので、全財産を相続した母子に対して遺留分侵害額請求をすることが可能です。この場合、母子自身が遺留分相当の代償金を支払うことができないので、代わりに受託者たる一郎が信託財産から支払うことになります。
母子の死亡(二次相続)時、残余財産から何ももらえない花子は、一郎・次郎に対して遺留分侵害額請求ができるかという問題ですが、まだ裁判所の判断が示されていないため明確に言い切れませんが、二次相続以降の受益権の移動(信託財産の承継)については、遺留分侵害額請求は及ばない、つまり遺留分の問題は一次相続の際にすべて解決済みになるという学説が有力視されています。
したがって、学説どおりに判例が確定すれば、父郎の当初の“想い”の通りに一郎・二郎に財産を渡してあげられることになります。
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