より「自然な見え方」を再現する、黄色い眼内レンズ
現在、白内障治療に用いられている眼内レンズの機能の1つとして、「レンズの色」があげられます。レンズの色も大きく2種類あります。透明な眼内レンズと、黄色い色がついた着色眼内レンズです。
以前の眼内レンズは無色透明しかありませんでしたが、透明レンズの場合、光をよく通すので、術後に日中などはまぶしさを感じやすいという特性がありました。
また人間の水晶体はもともと少し黄色みを帯びていて、それがサングラスのように青い光をある程度カットしています。特に高齢になると水晶体の黄色みが強くなり、青い光を通しにくい状態になっています。それを手術によって透明レンズに入れ替えると、青い光を多く通すようになるので、視界に映るものの青みが強くなり、色の感じ方に違和感を覚える人も少なくありませんでした。
そこで近年増えているのが、人工的に黄色く色をつけた着色眼内レンズです。着色眼内レンズは人の水晶体の状態により近いため、自然な色味の視界を再現することができます。現在の着色レンズには薄い黄色と濃い黄色のものがありますが、どちらも透明レンズに比べれば自然な色味の視界が得られます。強いていえば若い頃の眼の状態に近いのが薄い黄色レンズ、年をとってからの状態に近いのが濃い黄色のレンズといえます。
現在のところ、レンズの種類によって着色眼内レンズが選べるものとそうでないものがありますので、希望する場合は医師に相談してください。
着色眼内レンズでも、単焦点レンズは保険適用で入れることができます。多焦点の着色レンズは自費(一部、選定医療適用あり)になります。
ただ「見えやすい」だけではない…不眠や高血圧を改善
実は着色眼内レンズには「自然な色味」や「まぶしさの低減」ということ以外にも大きなメリットがあります。それは着色眼内レンズの使用によって、不眠などの睡眠障害や高齢者のうつ状態、高血圧が改善する、という効果が研究により分かってきていることです。
高齢になると、不眠などの睡眠障害を抱える人が多くなりますが、その原因として少なくないのが体内時計の乱れです。
私たち人間は、体内に1日の生体リズムを刻む体内時計をもっています。これによって朝に目が覚め、昼間活動をして夜になると眠くなるという、1日24時間のリズム(概日〔がいじつ〕リズム)がつくられています。
この体内時計に大きく関わるのが、眼に入る光です。眼の網膜にあるメラノプシン神経節細胞という光受容体が光を感じると、その信号が脳に送られ、概日リズムを調整します。ところが白内障になって眼に入る光が少なくなると、この機能がうまく働かなくなり、早朝に目覚めてしまって眠れない、夜になかなか寝つけないといった睡眠障害を引き起こします。
それが白内障手術をして再び眼に十分に光が入るようになると、また脳にきちんと信号が届くようになり、睡眠リズムが整ってくるのです(図表1、2)。
高齢者の睡眠障害は、気分の落ち込みや意欲の低下といった抑うつ症状につながることも少なくありません。白内障手術によって睡眠障害が改善し、夜にしっかり眠れるようになると、そうした症状の改善も期待できます。
さらに着色眼内レンズを使用することで、高血圧が改善する効果も確認されています。着色眼内レンズでなぜ血圧が下がるのか、その理由はまだ明確に分かっていませんが、白内障で目が見えづらい状態にあると、身体が無意識に緊張した状態になり(過緊張)、それが血圧上昇を招いているのではないかと私は考えています。
私のグループの研究でも、睡眠障害と高血圧の改善を確認しています。対象は、白内障治療で眼内レンズを挿入した患者1367名。透明眼内レンズ(UVカット)、薄い黄色の着色眼内レンズ、濃い黄色の着色眼内レンズを入れた各グループの術前・術後の血圧を測定して比較したところ、着色眼内レンズを入れた患者は薄い黄色でも濃い黄色でも、術後の血圧が有意に低下しており、術後1ヵ月が経過しても血圧が下がった状態が続いていました(図表3、4)。
また同じ研究で睡眠時間の変化も確認したところ、睡眠が短い人(1日6時間以下)は術後に睡眠時間が長くなり、逆に睡眠が長かった人(1日8.5時間以上)は短くなったことが確認されました。白内障手術によって概日リズムが整い、適正な睡眠時間に近づいたということです。
着色眼内レンズのうち「紫色光吸収タイプ」は要注意
着色眼内レンズは、睡眠障害や高血圧を改善するといった健康効果も期待できるレンズですが、近年登場した紫色光吸収タイプの着色眼内レンズ「テクニス シンフォニー オプティブルー®」には、注意が必要です。人間の水晶体とは光の通り方が異なるからです。
人の水晶体は、380~780nm(ナノメートル)の波長の光を通します。これを目の網膜の光を感じる細胞が感知することで、私たちは紫から赤までの可視光、いわゆる虹の7色を見ることができます。
そして2011年、人間の眼にはこれまで知られていなかった光を感じる細胞(OPN5)があることが、確認されました。OPN5は人の目に見えない紫色光をわずかにキャッチしていて、その働きはまだよくわかっていませんが、概日リズムや季節の感覚に影響を及ぼしている可能性があると考えられています。
これは人間以外の動物の視細胞にもあり、クマなどの冬眠や鳥類の渡りなどにも関連しているといわれます。
ところが、この紫色光吸収タイプの眼内レンズは、有害な紫外線を除去するため、420nm以下の紫色光を100%カットする設計になっています。つまり、本来は人の眼で感じているはずの紫色の光をまったく通さなくなるため、概日リズムや季節の変動などの感覚を正しく感じられなくなる恐れがあるのです。
また紫外線には子供の近視の進行を抑制する効果があることが確認されています。紫外光をカットした眼内レンズを使用した場合、近視が進む可能性も否定はできません。
これは日本だけで販売されている着色レンズですが、通常の単焦点眼内レンズだけでなく、多焦点眼内レンズやトーリック眼内レンズにも用いられています。新しい性能の眼内レンズではありますが、人の眼の生理的な機能と異なるものであり、思わぬ副作用が生じる可能性もあるので気をつけてほしいと思います。
市川 一夫
日本眼科学会認定専門医・認定指導医、医学博士
市川 慶
総合青山病院 眼科部長