日本企業が時代を超えて生き残るには、どんな経営戦略が必要なのか? 140年以上も続く超長寿企業の歴史に学ぶ。1877年(明治10年)に創業した「鍋清」。元は鍋や釜の鋳造業の会社だったが、現在はベアリングの商社事業とアルミパーツの製造が主軸である。今回紹介するのは高度経済成長期、あらゆる企業が追い風を受けていた時代のエピソードだ。鍋清が着実に成長したのは、好景気のおかげではない。5代目社長の加藤清春氏が当時の経営を語る。

すでに老舗ベンチャーだった第一次ベンチャーブーム期

景気の気は、気持ちの気だ。経済は、政策や金利、資源価格や技術革新などさまざまなものから影響を受けるが、その根底にあるのは気持ちであるように思う。
 

消費者の心理が前向きなら自然と消費は膨らむ。作り手や売り手の意欲が高ければ、良い商品がよく売れて、やはり消費は膨らむ。第二次世界大戦という強烈なリスク要因が消えて、日本は復興期を迎え、やがて高度経済成長期に入っていく。

 

いわゆる高度経済成長期と呼ばれるのは1950年代半ばから70年代初め頃までで、20年近くに及ぶ奇跡のような成長が実現したのは、消費と生産の両面において、「日本を成長させよう」「先進国にしよう」という強い気持ちがあったからだと思う。

 

私が生まれたのは1956(昭和31)年で、このときすでに、日本人の一人あたり国民所得は戦前の水準に回復していた。

 

戦後の復興については、1956(昭和31)年の経済白書にある「もはや戦後ではない」という記述が有名で、当時の流行語にもなった。実際、この頃にはもう戦後の荒廃した時代は終わっていた。

 

戦後が終わると同時に、次の成長に足を踏み出していた。消費面では、各家庭が「三種の神器」と呼ばれた冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビを買う。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

生産面では、自動車、電機、機械分野の大企業が成長し、その下請けの中小企業もフル回転で仕事に勤しむ。特に元気があったのが中小企業で、新規開業が相次いだこの頃の活況は「第一次ベンチャーブーム」とも呼ばれた。

 

鍋清は、この時点ですでに80年ほどの歴史があり、新規開業のベンチャーではなかった。むしろ老舗の部類に入る会社だ。しかし、気持ちの面ではベンチャーに近かった。それはおそらく、会社の規模としてベンチャーに近かったことや、ベアリング事業を軸に新たなスタートを切ったばかりだったことが理由だったのだと思う。

 

戦争を経て、実質的にゼロから再出発したこともベンチャー気質を高めた要因で、だからこそ、周囲のベンチャーに負けないくらい「これから会社を大きくする」という気概に溢れていたのだろうと思う。父も叔父たちも社員の人たちも、がむしゃらに働いていた。

 

その姿勢には、創業80年という社歴にあぐらをかく傲慢さはなかった。立ち止まったときから荒廃が始まる。現状維持は衰退と同じだ。そんな危機感をもって取り組んだのは、コツコツ積み上げたものが一瞬にして無になる戦争を経験したからだろうと思う。

「好景気に踊らない姿勢」が業績を拡大

国内経済が高度経済成長期に向かうなか、製造業が全国的に活気づいていく。

 

鍋清もその追い風を受けて、機械メーカーなどとの取引を大きく拡大し、ベアリングの専門商社として地位を確立していった。ベアリング業界に限らず、この頃の日本は好景気が好景気を呼んでいた。

 

中小企業が技術を磨き、大手が作る商品の質が向上する。モノが売れ、さらに生産需要が高まると、設備投資が盛んになり、中小企業の仕事が増える。鍋清もその恩恵を受けて、業績が右肩上がりに伸びていった。

 

発端はどこだったかというと「工業化に向けてベアリング需要が伸びる」と父が予測したことだろうと思う。

 

ただ、その点について感心するのは、見通しが当たったことよりも、好景気に踊らなかったことだ。儲かっていたはずだが、華美と過剰を嫌った。挑戦はするが、冒険は避けた。

 

そのような姿勢で仕事に取り組んだのは、戦争ですべてを失う経験をしたことも影響しているだろうし、名古屋という地域柄、質素と堅実を重んじ、義理堅く、地味にものづくりに取り組む「名古屋商法」が浸透しているからかもしれなかった。

 

あるいは、父の性格も影響していたのかもしれない。父は「正直」が口癖だった。私はこの数年後に鍋清に入社することになるわけだが、子どもの頃から「正直に」と言われてきたし、入社後も父が「正直に」と言っているのを何度も耳にしている。父は普段は温厚だが、誤魔化したり、その場しのぎの舌先三寸で事を進めたりすると、家庭でも職場でも烈火のごとく怒ることがあった。

 

業績が悪かろうと良かろうと、仕事に取り組む姿勢は変えない。それが鍋清の強みの一つだった。

 

ちなみに、企業理念として掲げている「誠実」「思考」「努力」の三つは、父の「正直に」という考えを言い換えたもので、鍋清で働く人の基本姿勢として今も脈々と受け継がれている。そのような思想的な奥行きがある点は、周囲のベンチャー企業との大きな違いだろうと思う。

 

成長期の企業にとって保守的であることは必ずしも良いとはいえないが、攻めの一辺倒ではリスクが膨らむ。守るところは守り、余力をもって攻める。そのようなバランス感覚に優れていた点が、当時の鍋清が着実に成長した大きな要因であった。

 

 

加藤 清春

鍋清株式会社 代表取締役社長

 

 

本連載は加藤清春氏の著書『孤高の挑戦者たち』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

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