「ウチは家族仲良いから大丈夫」。そう思っている家庭ほど事前の相続対策をせず、結果としてドロ沼の「相続争い」に発展してしまう可能性を秘めています。子どもたちのことを本当に想うからこそ早め早めの生前対策が求められているのです。そこで本記事では、税理士法人大久保会計の大久保栄吾氏が、実際の事例をもとに相続対策の大切さを解説します。

親子の「縦」の関係に加え、兄弟の「横」の関係も大切

親と子の意思疎通も大切ですが、兄弟間の意思疎通も疎かにはできません。兄弟のうち誰か1人の主張が強かったり、1人だけが情報を多く持っていたり、親との結びつきが強かったりすると、何かと他の兄弟に不満や不信感が残りがちです。

 

昔の日本では、長男1人が親の財産を継ぐ「家督相続」が原則でした。長男は財産を継承する代わりに、一族の面倒を見たり、家業を守ったりする責任を負っていました。それが当たり前の時代は、兄弟間に差があっても「どうせ長男が継ぐのだから」と割りきっている部分が大きかっただろうと思います。今でも家督相続の考えが残っている家もありますが、「均分相続」になってからは、時代の流れとともに人々の意識も変わっていき、大半が兄弟姉妹は平等という考え方を持つようになっています。

 

実際、最近では私たちが手がける相続案件でも、長男が財産をすべて相続する家はほとんどありません。むしろ、「父の遺産は兄弟で平等に分け合いたい。母の介護なども協力し合って、みんなで仲よく暮らしたい」という声が多く聞かれます。

 

それはそれでとても良いことだと思うのですが、その考え方が原因で、逆に兄弟間で平等でない場合にトラブルを生みやすくなります。こんな例がありました。

 

父が会社を経営しており、長男が会社を手伝っています。次男は父とは別の会社でサラリーマンをしています。この家族で父が亡くなり、相続が発生しました。

 

長男が会社を引き継ぐことは以前から決まっていました。遺産のほとんどは自社の株式であったため、長男がそれを相続することになります。次男には父の預貯金を渡すことにしましたが、そこで次男から物言いがつきました。

 

「親父の会社は業績が良かったじゃないか。なぜ兄貴は会社の株をまるごともらって、俺にはこれっぽっちしかくれないんだ」

 

実は、次男は父の会社の業績が落ち込んでいることを知りません。めったに里帰りすることもなく、父親と話をすることも少なかったため、今の会社がどういう経営状況にあるかを知らなかったのです。それで、長男が財産を出し渋っていると勘違いしました。

 

実際は会社は火の車。株式をお金に換えて次男に渡そうにもできません。そんなことをすれば会社の存続が危ぶまれます。長男は必死に事情を説明しましたが、次男にはそのような状況を理解してもらえませんでした。

 

私が関わったのはこの時点まででしたが、その後、長男次男はそれぞれに弁護士を雇い、法廷でさんざん争ったと聞いています。

 

このケースも兄弟間のコミュニケーション不足が生んだ悲劇といえるでしょう。日頃から兄弟で親のことや家業のこと、それぞれの家庭状況などを近況報告していれば、「兄貴のところも大変そうだから」と次男の理解も得やすく、裁判になる前に折り合いがつけられたかもしれません。

 

兄弟間の意思統一の失敗で、相続の後に揉めた家族もいます。

 

1人暮らしの父親が亡くなり、自宅の相続をする際、長男と次男で土地を共有にしました。その時点では2人とも納得しており、問題はありませんでした。トラブルが起きたのは相続から2年後です。

 

次男は急にお金が必要になり、相続した土地を売ろうと考えていました。一方の長男は親が大切にしていた土地でもあり、このまま持ち続けようと考えていました。

 

共有している土地の場合、両者の合意がないと一方の意志だけでは売れません。どうしてもお金が必要な次男は、長男に「俺の分の土地を買い取ってくれ」と言いました。しかし、長男には買い取るお金がありません。

 

長男からしてみれば、まさか次男が売りたいと言い出すとは思っていなかったでしょう。次男からしてみれば、長男がそんなに土地に愛着を持っているとは思いもしなかったのでしょう。

 

こうした事態を避けるには、相続の際に土地を共有にせず、半分ずつ分筆しておけば良かったのです。共有することのメリットとデメリット、将来的にこの土地をどうするかについて、兄弟できちんと意思統一を図っておくべきでした。

 

このように相続では、親子の「縦」の関係はもちろんのこと、兄弟の「横」の関係でも意見のすり合わせが不可欠なのです。

相続は家族全員による「ムカデ競走」?

できる準備を家族みんなでするには、全員が一丸となり、“相続”というゴールに向かって、同じ歩調で進んでいく必要があります。

 

子どもの頃、運動会でムカデ競走をしたことがあるでしょうか? 10人ぐらいが縦に並び、全員の足を結んで前に進んでいくゲームです。初めから転ばずに進めるグループはまずいません。何度も転んでは話し合い、転んでは話し合い……。やがて「右・左・右・左」と掛け声をかけてメンバー全員の息が合うようになると、ようやく少しずつ前に進めるようになります。

 

相続は家族全員でムカデ競走をするのに似ています。家族で相続について話し合い、問題点をクリアにしていきながら、心を一つに合わせることがなければ円満なゴールは迎えられないのです。

 

私の知る実例を挙げましょう。姉・妹・弟のきょうだいがいました。姉は高校を出てすぐに働き、結婚して今は専業主婦をしています。結婚の際には親から結婚資金として500万円をもらいました。

 

妹は有名私立大学に進学し、今は独身のキャリアウーマンです。弟は大学進学をせず、親と同居しながら地元の企業で働いています。バイクが趣味で最近も新車に買い替え、さらにお金をかけています。このバイクの購入金200万円は親が出してくれました。

 

3人は仲の良いきょうだいでしたが、父親が亡くなって相続が発生したのをきっかけに、ケンカ別れをすることになってしまいました。というのも財産分割の時、「姉さんは結婚する時、500万円もらったでしょう」「妹には学費がたくさんかかっている」「弟だってバイクを買ってもらったじゃない。親と同居で生活費も入れていないし」と口々に言い始めたのです。各人が自分の取り分を少しでも多くしようと我を出しました。間に挟まれた母親は目の前で家族がバラバラになるのに心を痛め、うつ病になってしまったということです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

極端な例だと思うでしょう。しかし本当にこうしたエピソードは珍しいことではないのです。財産の多い少ないにかかわらず、また、親子関係や兄弟仲が良かったとしても、どの家庭でも起こり得る現実の話なのです。

 

きょうだいみんなで親の財産を把握しておけば、あるいは、相続が起こる前に親も交えて話し合いをしておけば、こんな悲しい結果にはならなかったことでしょう。きょうだい間で不公平感があることに親が気づいていれば……と悔やまれます。生前贈与で不公平感をなくすこともできたはずです。子一人ひとりと個別に対話して「どの子にも等しく愛情もお金もかけたつもりだ」ということを納得してもらえたかもしれません。

 

こうした悲劇を避けるためにも「家族間での情報共有」は不可欠です。相続案件を通してさまざまな家庭を見てきた立場から、情報共有のための努力は惜しんでほしくないというのが切なる想いです。

相続貧乏にならないために 子が知っておくべき50のこと

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大久保 栄吾

幻冬舎メディアコンサルティング

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