「屋上戸建て風住宅」が建設された「富久クロス」の謎
【どんなストーリー?】
「新宿御苑前」駅や「新宿三丁目」駅からほど近い、新宿区富久町で行われた敷地面積2.6ヘクタールの大規模再開発プロジェクト。そこで開発された建物群の名称が富久クロス。高齢の地権者を含む本再開発プロジェクトでは、彼らのために1階に入居するスーパーイトーヨーカドーの屋上にペントテラス(屋上戸建て風住宅)が建設された。
【全宅ツイメンバーの解説】昭和バブル期の地上げの爪痕が屋上に戸建てという離れ業で回復!
そもそもこの西富久地区いうんは、昭和のバブルの爪痕の代名詞みたいなエリアやった。地上げ失敗してしもて、空き家がそのまま残ってたり、まだ人が住んでる家があったりしてるとこにコインパーキングや空き地が点在する様子を“虫食い”って呼ぶのはこの西富久地区がその発祥やったらしいんや。
この虫食い状になった2.6ヘクタールの土地に100人以上の権利者、しかも地元で生まれ育った高齢者が多い。これをまとめようと思うと気が遠くなるわな。
結局この再開発事業が完了するのは25年くらいかかった。関係者には頭下がるわな。ようまとめたもんやと。まぁそんな再開発の中で地権者のおじいちゃん、おばあちゃんが「戸建てに住みたい」「立ち話のできる路地が欲しい」言うたんや。作らなしゃあないがなイトーヨカドーの上に。地権者やもん。
年金暮らしの彼らはこうも言うた。「今まで管理費なんか払ったことないから困る。」と。作ったがな。年金暮らしの年寄りが管理費払えるように賃貸用のワンルームマンション。
戸建てだけやなしにこれもあげるから、それ人に貸してそれで管理費払ったらええがなと。そしてようやっとまとまった。スーパーの上に戸建てあっても笑ろたらアカンわな…。
バブルの時代から始まった住民たちの壮大なストーリー
超高層マンションをランドマークにした「西富久地区第一種市街地再開発事業」。施設建築物新築工事の起工式が挙行され、工事が本格的に着手されたのは2012年のことだ。
新宿区は、2008年10月に「西富久地区地区計画」を告示している。そこに記されている「地区計画の目標」は、このような文章から始まる。
「本地区は、バブル期の地上げの影響を受けた結果、空き地等が虫食い状に散在し、住環境の悪化や防災上の問題が顕在化している地区である。この解消に向け、平成14年に都市再生緊急整備地域の指定を受け、再開発の取り組みを進めている」。
また、「土地利用の方針」として3つが掲げられていて、その第1の記載はこうだ。
「周辺地域における住民の利便性に寄与する商業施設の導入を図る他、定住化の促進に寄与するための多様なニーズに対応する良好な都市型住宅の整備を促進する」。
これらの文章を読めば、「西富久地区地区計画」が策定された理由と狙いの要点は理解できる。新宿区の都市計画部景観・まちづくり課が問い合わせ先とのことで詳しい話を聞いてみたいと思ったが、「当時の担当者が異動していて話せる者がいない」という返答だった。
その後に続いたのが、「この再開発は住民主導で行われたものだから、西富久まちづくり組合の事務局長に話を聞いたらいいのでは」という提案。連絡先を教えてもらったのだが、すでに組合は解散していることもあり、事務局長とのコンタクトは実現しなかった。
富久クロスを完成させた「西富久地区第一種市街地再開発事業」の施行者は、2009年設立の「西富久地区市街地再開発組合」だ。この組合の前身が1997年設立の「西富久まちづくり組合」であり、さらなる前身としては「地権者を守る会」が挙げられる。バブル期の無秩序な土地売買による住環境の悪化を受けて始まった地元住民たちの勉強会から始まり、20年以上の歳月をかけて、ようやく富久クロスは日の目を見ることができたのだ。
住民主導の街づくりが成功した例として、全国的にも他に類を見ないプロジェクトといっていい。今回、「西富久地区市街地再開発組合」の元理事長にも取材のオファーをかけてみたのだが、組合が既に解散後とあり、話を聞かせていただくまでには至らなかった。
前述の「西富久地区地区計画」に記された地区整備計画区域の面積は、2.6ヘクタール。つまりは、26000平方メートル、7800坪。西富久地区は都内でも有数のターミナル駅となっているJR新宿駅から靖国通りを東に約1.2キロ(徒歩16分)の距離に位置している。最寄り駅の丸ノ内線新宿御苑前からは徒歩5分。実際に現地を訪ねてみた。
笑い話と人情話があふれ再開発は見事に成功した
まずは、富久クロスを臨む場所にある某店舗を直撃。
「昔、この辺りは本当に空き家が目立っていてね。街の雰囲気が暗くなって、さびれた感じになっちゃって。新しく開発されるのがわかっていながら、新築で4階建のビルができたりもしてたよ。なぜだろうと思ったよね。何か立ち退きのテクニックでもあったのかね。富久クロスができてから感じているのは、以前と比べて酔っ払いと中国人の数が増えたかなってこと。まあ、とにかく明るい雰囲気になってくれたし、泥棒が入りにくくなったと思う(笑)。昔は本当に人気がなくて真っ暗だったりしたから」
富久クロスの販売戸数は各種の建物を総合すると1000戸近くになるが、わずか6カ月という短期間で完売している。もともと住んでいた人と外部から流入してきた人のコントラストが街の新たな風物詩にもなっているという。
「朝、きっちりした格好で勤めに出て行く人と、もともとの住人なんだろうけどステテコ姿のおじさんがマンションのエレベーターホールですれ違ったりしてるって話(笑)」
富久クロスは55階建ての「超高層住宅棟」や賃貸マンションを主目的とした7階建ての「中層住宅棟」があるだけでなく、大型スーパーや美容院、小児科医院などが一堂に立ち並ぶ棟もある。そんな中で、やはり驚かされるのは広さ約1000坪の大型スーパー「イトーヨーカドー」の屋上にペントテラス(戸建て風住宅)を配置した「低層住宅棟」が存在していること。全国各地に大型スーパーは数あるが、屋上に人を住まわせるという離れ業は聞いたことがない。
そうとなれば、実際にペントテラスに住む人に話を聞いてみるしかない。場所を変えながら刑事のごとく張り込みをした挙句、気のいい方と出会えた。
「この街が好きだから、離れたくなかった。同じ思いを持った人たちと何度も何度も話し合いをしてきてね、ここ(ペントテラス)も誰かの言いなりじゃなくて、自分たちで決めたこと。今さら、高いところ(超高層住宅棟)に住む気はしなかったし、近所づきあいが途切れるのもいやだった」
昔ながらの街の人情こそが、離れ技を成し遂げた要因だった。
※ 本記事は、書籍『クソ物件オブザイヤー』(KKベストセラーズ)より一部を抜粋、再編集したものです。
全宅ツイ