相続が発生してからの「相続税対策」は打つ手が限られますので、事前の対策が重要です。相続税専門の税理士法人チェスター監修の本連載では、具体的な相続税対策について分かりやすく解説していきます。今回は、相続人不存在の場合に亡くなった人の遺産はどうなるのか、また、手続きは誰がどのようにするのかについて見ていきます。

「家族構成」で相続人不存在となるケースとは?

相続人不存在とは、亡くなった人に法定相続人がいないことをいいます。

 

生涯結婚することがなく子供も兄弟姉妹もいない場合や、法定相続人になるはずだった人が先に亡くなっていた場合では、法定相続人がいないため相続人不存在となります。

 

お金はあるが、誰もいない…
お金はあるが、誰もいない…

 

また、法定相続人がいたものの、全員が相続放棄した場合も同様に相続人不存在となります。

 

相続人不存在になるケースは、主に家族構成によるものと、相続放棄などによるものがあります。

 

【家族構成で相続人不存在となるケース】

民法では、亡くなった人の遺産を相続できる親族の範囲を定めています。遺産を相続できる人を法定相続人といいます。

 

亡くなった人の配偶者は常に法定相続人であり、亡くなった人に子供がいれば子供も法定相続人となります。子供など第1順位の人がいなければ、父母など第2順位の人が法定相続人となります。第2順位の人もいなければ、第3順位の人(兄弟姉妹)が法定相続人となります。

 

[図表1]
[図表1]

 

家族構成で相続人不存在となるケースは、亡くなった人が次の全部にあてはまる場合です。

 

●配偶者・子供がいない

●兄弟姉妹もいない

●両親や祖父母はすでに死亡した

 

配偶者・子供・兄弟姉妹がもともといない場合だけでなく、先に死亡した場合も含まれます。なお、子供や兄弟姉妹が先に死亡した場合、孫やおい・めいがいればその人が代襲相続人となるため相続人不存在とはなりません。

 

【相続放棄などで相続人不存在となるケース】

亡くなった人に法定相続人がいても相続人不存在になるケースがあります。代表的な例は、法定相続人が全員相続放棄をした場合です。

 

亡くなった人に資産がほとんどなく借入金など債務だけが残っているような場合では、債務の返済を避けるために相続人は相続を放棄します。

 

相続放棄した人は最初から相続人でなかったことになるため、相続放棄した人の子供(孫やおい・めい)は代襲相続することができません。したがって、法定相続人の全員が相続放棄すれば遺産を相続する人がいなくなり、相続人不存在となります。

 

このほか、相続欠格、相続廃除によって相続人が相続権を失った結果、遺産を相続する人がいなくなった場合も相続人不存在となります。

 

【行方不明では相続人不存在とはならない】

法定相続人が1人だけいるものの、その人が行方不明になっている場合は、相続人不存在となるのでしょうか。

 

相続人の行方不明の場合は相続人不存在とはならず、まずは行方不明の相続人を捜さなければなりません。捜しても見つからない場合は、不在者財産管理人を立てるか、失踪宣告を申し立てて法律上死亡したとみなす手続きを取ります。

 

法定相続人がいない人の遺産は相続財産管理人が管理

相続人不存在の場合の相続手続きには次のようなものがあり、終了までに約1年の期間が必要とされています。

 

●相続財産管理人の選任

●債権者・受遺者への支払

●相続人不存在の確定

●特別縁故者に対する分与

 

債権者、受遺者、特別縁故者に分配してもなお余った遺産は国庫に納められます。

 

【相続財産管理人の選任】

法定相続人がいない人の遺産は、相続財産管理人が管理します。周囲の人が勝手に処分することはできません。

 

相続財産管理人を選任するためには、利害関係者や検察官が家庭裁判所に申し立てます。利害関係者とは、次のような人のことをさします。

 

●債権者(亡くなった人にお金を貸している人または家主など)

●特定受遺者(遺言で指定された遺産を受け取ることができる人)

●特別縁故者(亡くなった人と同一生計にあった人や療養看護に努めた人など)

 

相続財産管理人の選任に必要なものは次のとおりです。

 

[図表2]
[図表2]

 

相続財産管理人には報酬を支払う必要があります。通常は遺産から差し引かれますが、遺産が少ない場合は申立人が家庭裁判所に予納金を納めて報酬に充てる場合があります。

 

【債権者・受遺者への支払】

相続財産管理人が選任されれば、官報で公告されます。この公告は、相続人がいれば申し出るように促すものです。

 

2ヵ月後、相続財産の債権者・受遺者の確認の公告が行われ、債権者・受遺者がいれば遺産からその人に支払われます。この時点で遺産がなくなれば、手続きは終了します

 

【相続人不存在の確定】

次に、6ヵ月以上の期間を定めて相続人捜索の公告が行われます。それでも相続人が見つからなければ相続人不存在が確定します。

 

【特別縁故者に対する分与】

相続人不存在の場合は、特別縁故者が遺産をもらうことができます。相続人がいないことが確定してから3ヵ月以内に家庭裁判所に「相続財産分与の申し立て」を行います。

 

ただし、申し立てをすれば誰でも遺産がもらえるわけではなく、家庭裁判所が個別のケースに応じて判断します。特別縁故者として認められるための要件は次の3つです。

 

①被相続人と同一生計にあった人(内縁の妻や夫、事実上の養子・養親など)

②被相続人の療養看護に努めた人

③①と②に準じて特別の縁故があった人

 

特別縁故者に遺産を分与してもなお余った遺産は、相続財産管理人によって国庫に納められます。

 

【相続人不存在の相続手続きの注意点】

ここまで相続人不存在の場合の相続手続きについてお伝えしました。これらの手続きを進める場合は、次のような点に注意しましょう。

 

●相続人がいない人の財産は周囲の人が勝手に処分することはできず、相続財産管理人を選任しなければならない。

●相続財産管理人には報酬を支払う必要がある。

●特別縁故者は家庭裁判所に「相続財産分与の申し立て」をしなければ遺産をもらえない。

●特別縁故者より先に債権者・受遺者への支払いが行われるため、特別縁故者は遺産をもらえない場合がある。

 

遺言の「包括遺贈」と「特定遺贈」の違い

ここまでお伝えしたとおり、相続人不存在となった場合の相続手続きは、家庭裁判所を通した手間のかかるものとなります。

 

法定相続人となる予定の人がおらず、自身が亡くなったときに相続人不存在となる可能性が高い人は、生前に遺言を書いておくことをおすすめします。

 

【遺言は「公正証書遺言」で】

遺言には、おもに「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります。「自筆証書遺言」は一人だけでいつでも書くことができますが、形式の不備で無効になったり、偽造されたりする恐れがあります。手間と費用はかかりますが、公証役場で公証人に作成してもらう「公正証書遺言」が確実です。

 

遺言を書いたことを、周囲の人に伝えておくことも忘れないようにしましょう。

 

【遺言の内容にも注意】

遺言を書くときは、遺産の漏れがないように気をつけましょう。遺言に書かれていない遺産があれば、その遺産について相続人不存在の相続手続きをしなければなりません。

 

遺言には、与える遺産の割合を定める「包括遺贈」のほか、どの遺産を誰に与えるかを指定する「特定遺贈」があります。包括遺贈であれば遺言から遺産が漏れる心配はありません。複数人に与える場合でも、割合があわせて100%になれば大丈夫です。

 

[図表3]
[図表3]

 

相続人不存在となるケースは、いままではあまりなじみがなかったかもしれません。しかし、これからは少子高齢化やライフスタイルの多様化によって、相続人不存在となるケースは多くなると予想されます。

 

相続人不存在となった人の遺産は、債権者、受遺者、特別縁故者に分配されたのち、余った部分は国庫に納められます。これらの手続きは自動的に行われるものではなく、利害関係者が家庭裁判所に申し立てをしなければなりません。

 

法定相続人となる人がおらず、自身が亡くなったときに相続人不存在となる可能性が高い人は、生前に遺言を書いておくことをおすすめします。特定の人に遺産を全部与える遺言があれば相続人不存在とはなりません。

 

 

税理士法人チェスター

本連載は、税理士法人チェスターが運営する「税理士が教える相続税の知識」内の記事を転載・再編集したものです。

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