ペーパーレス化は情報のデジタル化でもあります。情報をデジタル化すれば、情報の透明度や検索性が高まり、業務の円滑化に役立ちますが、「グレーな部分」を隠せなくなることに抵抗感を抱く企業も少なくないようです。効率性を犠牲にしてでも「隠したい部分」を残すか、高効率を目指すのか。ペーパーレス化の激流の中、どちらを選択するかが企業の将来を左右します。本記事では、ペーパーレス化普及に取り組む横山公一氏が、日本におけるペーパーレス化の現状を解説します。

ペーパーレス化で「企業の姿」が見えるようになる

ペーパーレス化は情報のデジタル化でもあります。そして情報をデジタル化すると、さまざまなことが見えてきます。

 

<業務が滞っていないか?>

 

複数人の承認が必要な案件では、その案件が「どこで止まっているのか」がすぐに分かります。本来ならば早々に確認・承認の手続きをしなくてはならないのですが、内容確認を面倒がって、ついつい手元に置きっぱなしになってしまう…。そうしたことはよくあるものですが、情報がデジタル化されると「また●●課長のところで止まってるよ」などといわれかねません。さらにはデジタル化では閲覧履歴も取れます。「●●課長、先週の申請書、まだ見てくれてないんですか?」などど部下からいわれるのは、あまり格好のいいものではありません。

 

<内部統制は効いているか?>

 

部長の承認が必要な案件で、本来ならば△△部長の印鑑が必要なのに、別の部の部長から印鑑をもらう…。アナログ文書では、このようなこともしばしば起こるようです。ですがデジタルならば、そのようなごまかしがききません。

 

<コンプライアンスは守られているか?>

 

企業にとってコンプライアンスは非常に重要なもので、決しておろそかにはできないものです。すべての情報がデジタル化されれば、コンプライアンスを監視する上でも、取り決めたルール通りに業務が流れているかを、一目で確認することができるようになります。

 

良くも悪くも、デジタル化は企業の姿をそのままに、正確に反映します。それが「困る」という人も、中にはいるかもしれません。頑張って仕事をしているつもりでも、実はその働きが業務の効率化に結びついていない。知ってか知らずか、仕事の流れを止め、業務スピードを殺してしまう…。こうしたことをしでかしてしまうのは、ごく一部だと思いたいものです。

 

ですが彼らに配慮してペーパーレス化を思いとどまるというのは、本末転倒です。むしろペーパーレス化の導入によって、彼らが日々積み重ねている無駄や小さなごまかしが、いかに大きな損失につながっているかを認識させ、意識をあらためさせるための良い機会にできるのではないでしょうか。

目先の利益に囚われて導入を渋れば、後塵を拝するのみ

ここまでお話ししてきて、私にはどうしても心に引っかかるものがあります。多くのビジネスマン、多くの経営者がペーパーレス化の利点を理解しているのに、なぜそれが進んでいかないのか。それは経営者や現場の人々が持つ「日本的な情緒」であったり、新たなことを手がけることへの不安であったりするのだろうと私は思っています。

 

ですがそれとは別に、前項でお話ししたような「仕事をしたつもりになっている人たち」や「業務を止めてしまう人たち」が、意外と多いからだということはないでしょうか。そしてあるいは、企業そのものが「隠しておきたい部分」を持っているからではないでしょうか。

 

私は公認会計士・税理士という職業柄、幅広い業界の方々とお付き合いをいただき、数多くの企業の内情に触れてきました。そしてどのような業界、どのような企業であっても、もしその気になれば、本来の利益を圧縮して見せたり、支払うべき税金などを免れる方法があることも知っています。

 

こうしたことを日常的に行っている企業が、もしもペーパーレスを導入したらどうなるでしょうか。すべてがガラス張りになってしまうと、何もごまかしがききません。それまで企業が行ってきたグレーな取引やグレーな処理が、すべて明らかになってしまいます。そうした理由でペーパーレス化が進まない、という面はないでしょうか。

 

誰でも、我が身は可愛いものです。少々グレーな手法を使っても、会社の利益を守りたいという気持ちは理解できます。ですが日本経済全体を見回したとき、自社の利益などごく小さなものに過ぎません。そのちっぽけな利益のために旧態依然とした体制から抜け出せず、次々と押し寄せる時代の波に乗ることもできず、むしろそこから目を背けていては、やがては自社の存続さえも危うくするでしょう。そして日本経済はいつまで経っても回復せず、遠からず発展著しい新興国の後塵を拝することになるでしょう。

 

そうなってから気付いても遅いのです。

電子政府の成立には、技術だけでなく国民の意思が重要

ここでもう一つ、電子政府にまつわるエピソードをお話ししましょう。

 

エストニアが電子政府を目指したのは、国家と国民を存在させ続けるためでしたが、ブロックチェーンを用いたデータの共有については、さすがに賛否両論だったそうです。

 

この技術を導入すれば行政サービスはもちろん、民間からも多くのICTサービスの参入が期待でき、無駄を削り落とした高効率な社会が実現できます。その一方で、財務や税務はガラス張りになり――もちろん、強力なセキュリティのため他人の情報を勝手に見ることはできませんが――結果として「ごまかし」ができなくなります。企業でも個人でも、わずか数分で納税ができる便利さの代わりに、収入や支出の情報をシステム上に明記することになります。

 

効率を犠牲にしても、隠したい部分を残すのか。あるいは、あらゆる情報を必要に応じてオープンにできるようにし、高効率な社会を目指すのか。エストニアの国民は、後者の道を選びました。そしてエストニアをモデルとして、現在いくつかの国々で電子政府構想が進められています。そのうちの一つ…具体的な国名は伏せておきますが、その国では官僚の腐敗が激しく、行政への信頼が失墜していました。土地の登記内容が役人によっていつの間にか書き換えられてしまい、他人のものになっていた…ということもしばしば起こっていたそうです。

 

本来なら登記を管理し、守る側の役人が不正を働くのですから、どうしようもありません。「あの土地は俺のものだ!」といくら主張しても、改竄(かいざん)された登記簿を見せられて「書類ではこうなっている。おかしなことをいうな」で終わりです。改竄の証拠はなく、不正を暴くこともできません。

 

こんな社会を放置しておいてはいけない。だったら企業も個人も、すべての情報をシステムに預けて、その上で強固なセキュリティをかけ、不正があれば追跡できる仕組みを作り上げればいい…。人々はそう考え、また政府も失った行政への信頼を取り戻すため、エストニアにならって各種制度やインフラの構築を始めていると聞きます。

 

世界が模範とするエストニアのシステムは国民から大きな信頼を得て、今や人々の生活とともに、国家の発展をも支えています。ですが世界最先端のペーパーレス国家の成立には、先進的なアイデアと技術に加えて、国民一人ひとりの強い意志が不可欠なのです。

ビジネスマンの意識改革とペーパーレス化の相互作用

日常的な業務から会社同士の契約まで、私たちは今も多くの書類を使っています。その中でときおり「過去に遡って書類を作成する」という必要に迫られることがあります。いわゆるバックデートです。

 

会社同士の契約書でも、こうしたことは起こります。トップ同士が合意して話はまとまったものの、細部を詰めるのに時間がかかり、最終的な合意に至ったのは予定の期日を大幅に過ぎたあとだった…。こんなとき、とりまとめた合意内容を盛り込み、すでに過去になってしまった予定の日付で契約書を作る。このようなことが、しばしば行われています。

 

情報がすべてデジタル化され、ペーパーレス化されてしまったら、このようなことはできません。そのために「それは困る」とばかりペーパーレス化が進まない、ということになっているのかもしれません。

 

「契約日の変更をできないのは困る…」
「契約日の変更をできないのは困る…」

 

ですが冷静に考えてみると、これはおかしなことです。本来、契約開始となる日付と契約書を作った日付が異なるのなら、それを書面上に明記しておけばいいことです。無理に過去に遡ってまで、日付を合わせる必要はありません。この点、欧米で一般的な契約書には「契約日」のほかに「効力発生日」が記載され、こちらの方が重視されます。大切なのは「この契約がいつから有効なのか」であって、それを書面で確認した契約日はさして重要視されていないのです。ですから二つの日付が大きくズレていても、誰も気にも留めません。

 

ところが日本ではなぜか、こうしたズレを嫌います。その背景には契約日を唯一のものとして重視する意識と、そこから生まれるビジネス上の慣習が強く作用しているからでしょう。そうした強いプレッシャーに押されて現実をねじ曲げるということが、当たり前のように行われています。

 

世間には至るところにさまざまな慣習が残っています。それは決して悪いものではなく、暗黙の了解のうちに人々のコミュニケーションを円滑にする、潤滑油の働きも果たしてくれます。

 

ですが古い慣習にとらわれるあまり、進化に乗り遅れてしまうのは問題です。まして、効率化が早急の課題となっているビジネスシーンでは、それは致命傷にもなりかねません。

 

まずは私たちを取り囲んでいる慣習を見直し、その根源となっている一人ひとりの意識を変えていくことです。ペーパーレス化はそのための起爆剤になりますし、また意識の変革なくしてペーパーレス化を進めることはできません。

必要に応じ「極めて正確な情報」に即時アクセスできる

エストニアの例でも分かるように、情報をすべてデジタル化することは情報の透明度が一気に高まるということです。同時にデジタルデータは検索性に優れますから、必要な情報に瞬時にアクセスすることができます。しかもその情報はきわめて正確なデータです。改竄されていればその痕跡が残りますから、不正なデータだとすぐに分かりますし、アクセスログを検証することで、どこで改竄されたかも追跡できます。

 

ここ数年、省庁や企業での内部書類が改竄される事件が立て続けに明らかになり、謝罪会見がひんぱんに開かれてきました。そのたびに担当者が「早急に事実関係を明らかにするべく調査中でございます…」などと平身低頭しているシーンを目にしますが、すべてのデータがデジタル化されていれば、ログを追いかけるだけで「いつ、誰が、どのように書き換えたのか」がすぐに分かります。

 

紙媒体による保存、人の手と目による管理では、とてもこうはいきません。一枚の書類に記された情報が果たして最新のものかどうか、確認するすべはありませんし、改竄されているかどうかを確かめることもできません。デジタルのような検索性は望めませんから、目指す情報を探して書類の山をひっくり返さなくてはなりません。このような環境を、いつまでも放置していてはいけないでしょう。

 

私はペーパーレス化を「産業革命」になぞらえてお話ししました。そして、この革命は急速に進行していくということも。新たなツール、新たなシステムが次々と生まれ、活用され、業務はどんどんスピードアップし、生産性は高まっていく。今、日本のビジネスシーンはそうした激流の中にいます。今こそ、その流れに乗るときです。

 

 

横山 公一
ペーパーロジック株式会社 代表取締役社長 兼 CEO
公認会計士・税理士

 

本連載は、2018年10月13日刊行の書籍『オフィスの生産性革命! 電子認証ペーパーレス入門』(TCG出版)から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

オフィスの生産性革命! 電子認証ペーパーレス入門

オフィスの生産性革命! 電子認証ペーパーレス入門

横山 公一(著)、久野 康成(監修)

TCG出版

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