大変な思いをした末っ子に配慮した、母の遺言だが…
年末年始、たまにしか会えない家族が集まり過ごす時間は楽しいものです。このような機会に相続を考え、遺言書を書いておくのもよいかもしれません。一般的に、遺言書があれば、相続もスムーズにいきやすいのですが、実際に遺言書を書いた場合でも、その通りにならないケースもあるため、注意が必要です。
下記は、筆者が取り扱った相談事例です。
私は3人兄弟の末っ子で、母親の残した遺言書が原因で親族がもめています。
亡くなった父は働き者の事業家であり、会社を何社か経営する資産家でしたが、10年前に他界しました。その時は、母がすべての財産を相続するということで、子どもたち5人は納得し、相続を終わらせました。
その後、1年前に母が亡くなり、家の中を調べたところ、金庫から遺言書が出てきたため裁判所で検認を行いました。内容を確認したところ、父から引き継いだ会社の社長であり、母と同居していた末っ子の私に、すべての財産を相続させるとの記載がありました。
そのため、兄たちは大騒ぎになり、それは本当に母の意思なのか、私が母になにか吹き込んで書かせものではないかなど疑って、納得しません。もちろんだれかに書かされたものではなく、遺言書の内容は私も知りませんでした。
父の死後、母の面倒は同居していた私とその妻がみていました。兄たちは母の介護を嫌がり、面倒のすべてを私たち夫婦に押し付け、母とも疎遠であったため、長年身の回りの世話をしていた私たち夫婦に財産をと考えた母が、ひとりで書いたものです。
法的には有効な遺言書であり、なんといっても故人の意思ですから、遺言書通りにしたいとも思っているのですが、祭祀承継者にも指定され、今後のことやほかの相続人のことを考えると、関係を悪くするのを避けたいと思っています。なにより、私自身末っ子であり、昔から兄たちには頭が上がらず、自己主張するのが難しいのです。
遺言書は絶対ではなく、異なる遺産分割協議もありうる
一般的な相続の順番としては、父が亡くなり、その後母が亡くなるという場合が多くあります。その場合、母の老後の生活を考え、すべての財産を母が相続するというのは子どもたちの理解を得られやすいといえます。
子どもは誰も財産をもらっていませんからある意味平等ですし、相続税法でも配偶者が相続する場合はかなりの優遇があるため、相続税額が大きく軽減され、相続税がかからない場合も多くあります。
問題は、母が亡くなってしまった場合の二次相続です。まさに今回のケ-スがそれです。両親のどちらかが健在なうちは、親の威光で抑えがきくため相続もスムーズにいきやすいのですが、両親ともに亡くなった場合、子どもたちもそれぞれが主張しはじめ、話がまとまらなくなることが多くなります。
遺言書がある場合、遺言書に拘束されるのが原則ですが、相続人全員の同意がある場合、また遺言執行者が指定されている場合でその遺言執行者の同意もある場合、話し合いによる遺産分割が可能となります。
そのため、遺言書はあってもほかの相続人に配慮し、遺産分割協議によって遺産分割するケ-スは少なくありません。
兄弟姉妹間の力関係が、大人になっても影響し…
その理由のひとつに、兄弟姉妹間の力関係が、いくつになっても子どものときのままという点があげられます。兄や姉には、子どものころから「末っ子の面倒をみてやった」という思いがありますし、末っ子は面倒をみてもらった兄や姉に、ずっと遠慮の感情を持つ場合が多いのです。
今回のケ-スも同様に、遺言書はあるもののそれによらず、最終的には、遺産分割協議による財産分けに末っ子も同意し、法定相続分による遺産分割となってしまいました。
特定の相続人に手厚くするなら「付言」で事情説明を
遺言書を書くことは相続対策としてとても重要です。故人の意思が最も重要であるからです。
しかし、今回のように遺言書がある場合でも、特定の人に極端に偏っている場合は、もめる原因となりますので注意が必要です。特定の人に多くの財産を与えたい場合であっても、ほかの相続人に遺留分相当の財産を与えるなどの配慮が必要となります。
今回のケースでも、母が亡くなったあとに遺言書を見た相続人には、なぜ母がそのような遺産分割をしたのかという真意が伝わらず、そのため理解が得られなかったものと思われます。
それを防ぐには、法的な効力は生じませんが「付言事項」を書いておくことをおすすめします。なぜこの子に財産を相続させたいのか、なぜそう考えたのかという思いを書き、ほかの相続人に今までの感謝と遺言書の理解をお願いし「私の意思で、このように遺産分割したい」との旨を書いておくとよいでしょう。
また、自筆証書遺言の場合、遺言執行者の記載がないものが多く見られます。遺言執行者が指定されていない場合、遺産分割の手続きが複雑となったり、相続人間でトラブルになることもあるため、遺言執行者も指定しておいたほうがよいでしょう。
相続発生時、遺言書がないためにもめるケースは多いのですが、今回のように遺言書があってもうまくいかないケ-スもあります。特定の人に多く与える遺言書を書く場合には、ほかの相続人の遺留分や感情面に十分な配慮をすることをおすすめします。
宮路 幸人
野村・多賀谷会計事務所 税理士
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