相続税対策として広く知られている「生前贈与」。贈与の方法やその金額次第では、税務署から問題視され、相続税の課税対象になってしまうこともあります。本記事では、実例を見て、生前贈与の方法について検討していきましょう。相続税やその税務調査の実態に詳しい、税理士の服部誠が解説します。

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平穏だった生活を一変させた「母からの電話」

東京都在住の藤村幸恵さん(仮名・42歳女性)。夫は新卒で入社した某自動車メーカーに勤続し、現在26年目。子宝にも恵まれ、中学受験を控えた長男と、小学4年生の長女がいる。絵に描いたような円満一家の平穏を乱したのは、母からの一本の電話だった。

 

「お父さん、胃がんだって。お母さんもうどうしたらいいのかわからなくて。今すぐ帰ってこれない?」

 

幸恵さんの両親は、福岡市の早良区で2人暮らしをしている。母は定年まで教師として働き、父も長年商社マンとして多額の収入を得ていたため、老後を満足に暮らしていけるだけの資金はあった。しかし、幸恵さんが実家に帰るのは、数年に1度あるかないか程度だったという。

 

「上京してから田舎に帰ることはほとんどありませんでした。時折母親から電話は来ていましたが、父とは特に仲が悪く、ここ十年は、顔を合わせてもまったく話しませんでした」

 

何不自由なく暮らしているように見えた幸恵さんだったが、話を聞くうちに「家族円満」に拘る彼女のバックグラウンドが見えてきた。

 

「昔の父は母に平気で手をあげ、休日はずっと友人たちとお酒を飲んでました。当然家事をやるわけもなく、チャンネルを自分で変えるところすら見たことありません。そんな姿を見て好きになれるわけがなかった。とにかく逃げたい気持ちが強かったんです」

 

「子どもができてからは、機会があれば帰るようにはしていましたが、夫もあまり乗り気ではなかったし、次第に孫の顔を見せに行くことも減りました。だから電話が来たときも、正直あまりショックに感じられなかった」

 

そうはいっても肉親の頼みだ。明らかに動揺している母の声を聞いてしまった手前、帰らないわけにはいかなかった。急遽飛行機のチケットを取り、数年ぶりに故郷へ戻ることになった。

 

◆老いた父、戸惑う娘

 

福岡空港に降り立った幸恵さん。入院先を目指し、空港線に乗っているときも、どこか現実味がなかったという。

 

「私の頭のなかにいる父は、いつも怒っているような顔をしていました。身体も大きく、立っているだけで威圧感がありました」

 

しかし今、幸恵さんが見下ろしているのは、やせ細った父の姿。顎はとがり、酒で赤く膨れていた頬の肉も削げている。寝息には痰が絡まったような音が漏れ、ベッドの端にのばされた腕は、今にも折れてしまいそうだ。がんは現在ステージⅣ。手術の5年後の生存確率は、20%にも満たなかった。

 

衝撃で息もできない幸恵さんをよそに、母は甲斐甲斐しく世話を焼いている。父の姿に驚いた様子もない。時の流れを感じた瞬間だった。

 

強い父の面影はもう消えていた
強い父の面影はもう消えていた

 

これからの治療はどうしていこう。東京に両親ともども呼び寄せるか、それとも私が福岡へ通うのか。親戚を頼ることはできないか。様々な思索が巡るなか、さらに混乱する言葉を聞かされたのは、その2日後、久しぶりに母の手料理を食べていたときのことだった。

 

「そういえばお父さん、前々から『幸恵には迷惑をかけたから』って、生きてるうちに財産を全部渡すって言ってたのよ。お母さんよくわかんないんだけど、今持ってるマンション売ってお金作って、あなたにあげるって」

 

マンション? 資産を渡す? 母から聞かされた直後は、何を言っているのか理解できなかったという幸恵さん。父がそんな考えを持っているなんて、露ほども知らなかった。「迷惑をかけた」で済まされることではないという怒りと、初めて伝えられた父の優しさのようなものに、感情が整理しきれなかったという。藁にもすがる思いで夫に伝えたところ、意外な言葉が返ってきた。

 

「お義父さん、ずいぶん前に俺と2人で酒を飲んだときも同じようなことを言ってた気がするなあ。マンションって今暮らしてる場所のことじゃないんだろ? 預金はいくらあるんだ? お前それ、急いで決めとかなきゃ色々まずいんじゃないか。貰うどころか税金が大変なことになるぞ」

 

治療に加え、お金のことも? パニックになった幸恵さん。どうすればいいのか、もうわからなくなってしまった。

 

*******************

 

幸恵さんは現在、月に数回福岡に戻り、両親の面倒を見ているという。しかし、父の治療に生活の多くが費やされ、資産のことを考える暇などないそうだ。このまま財産のことがおざなりになってしまうことを恐れ、唯一冷静な夫が手を焼いている。

 

このように、平穏だった生活を一変させる出来事は、誰にでも起こりうる。彼女が資産を承継することは可能なのか? 幸恵さんの父が行おうとしていることは、「生前贈与」であり、相続対策の一環として知られている。書籍やインターネットで得た知識をもとに、気軽に始めてしまう例が少なくないが、安易に生前贈与をしてしまうと、遺される家族に、余計に迷惑をかけてしまう可能性がある。

相続開始「3年以内の贈与」が課税されてしまう罠

1:贈与財産の加算の規定

 

相続や遺贈によって財産を取得した人が、被相続人からその相続開始前3年以内(死亡の日から遡って3年前の日から死亡の日までの間)に贈与を受けた財産があるときは、相続税の課税価格に、贈与された財産の「贈与時の価額」を加算して、相続税を計算しなければなりません。

 

これは、駆け込み的な生前贈与による、行き過ぎた節税を防止するために設けられた制度です。

 

ただし、加算の対象となる財産の贈与に関して、すでに納めた贈与税がある場合は、相続税の計算上控除されます。従って、贈与による相続税の節税メリットは享受できませんが、税金が二重にかかることはありません。

 

2:加算する贈与財産の範囲

 

加算の対象となる財産は、被相続人から生前に贈与された財産のうち、相続開始前3年以内に贈与されたものです。3年以内であれば、贈与税がかかっていたかどうかに関係なく、加算の対象になります。

 

暦年贈与の基礎控除額110万円以下の贈与財産で、贈与税の申告が必要なかったものでも、相続財産に加算されます。また、被相続人が死亡した年に被相続人から贈与された財産は贈与税が非課税となりますが、その財産についても加算の対象です。

 

3:加算しない贈与財産の範囲

 

被相続人から相続開始前3年以内に贈与された財産であっても、次のものについては加算する必要はありません。

 

(1) 婚姻期間20年以上の夫婦間で適用できる「贈与税の配偶者控除」の特例を受けている又は受けようとする財産のうち、その配偶者控除額に相当する金額。

(2) 直系尊属から贈与を受けた住宅取得等資金のうち、「住宅取得等資金贈与に係る贈与税の非課税措置」の適用を受けた金額。

(3) 直系尊属から一括贈与を受けた教育資金のうち、「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」の適用を受けた金額。ただし、次の場合に限る。

 

① 贈与者死亡時において受贈者が23歳未満の場合

② 贈与者死亡時において受贈者が学校等に在学している場合

③ 贈与者死亡時において受贈者が教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講している場合

 

(4) 直系尊属から一括贈与を受けた結婚・子育て資金のうち、「結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」の適用を受け、且つ、相続開始日までに結婚・子育てのために支出した金額。

 

4:加算の対象にならない受贈者

 

前述のとおり、この制度は駆け込み的な生前贈与による行き過ぎた節税を防止するために設けられています。そのため「3年以内の生前贈与加算」の対象となるのは、「相続時に相続や遺贈で財産を取得した人」に限られます。

 

つまり、生前に財産を贈与された人が相続人である「子」で、その後の相続においても遺産を相続する場合には、その「子」は「3年以内の生前贈与加算」の対象になります。

 

一方、生前に贈与された人が「孫」や「子の配偶者」で、その後の相続において遺産を相続や遺贈で取得しない場合には、その「孫」や「子の配偶者」は「3年以内の生前贈与加算」の対象にはなりません。贈与時の贈与税で納税が完結し、相続税には影響しないためです。

 

これらの規定を踏まえて、上記事例について考えてみましょう。

 

まず、相続で財産を取得するお子さん(幸恵さん)への贈与は、贈与後3年以内に相続が開始してしまうと、節税効果は得られません。しかし、相続で財産を取得しないお孫さんや幸恵さんのご主人への贈与であれば、贈与した時点でお父さまの財産が減少し、3年以内の加算の対象にもならないため、相続税の節税効果が生じます。

 

以上のことから、相続と贈与のルールを加味しつつ、うまく財産承継ができるかどうか、判断してみてください。

 

 

服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

 

 

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    本記事は、『税理士法人レガート』ホームページのコラムを抜粋、一部改変したものです。

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