妻が介護付有料老人ホームに入居するための入居保証金を夫が払ったことに対して、妻に対する金銭債権となるか否かが争われた事案(平成22年11月19日裁決)を、相続税やその税務調査の実態に詳しい、税理士の服部誠が解説します。

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夫名義の口座から支払われた「老人ホーム入居金」

事案の内容は次の通りです。

 

●妻Aは、長男Gを代理人として、平成19年12月27日にM社との間で、入居者を妻Aとする入居契約を締結し、同月29日に本件老人ホームに入居した。

 

●本件老人ホームは介護付有料老人ホームであり、妻Aは、入居契約の入居金(入会金、施設協力金、一時入居金)を支払うことにより、居住を目的として居室及び共用施設を利用することができる。

 

●妻Aは、入居金945万円(入会金105万円、施設協力金105万円及び一時入居金735万円の総額)を入居日までに、また各種サービスの提供に係る費用として月額利用料23.8万円を毎月所定の日までに運営法人に対して支払う。

 

●上記入居金のうち、入会金105万円及び施設協力金105万円は在ホーム日数にかかわらず返還されない。また、一時入居金は、その20%が契約締結日に遡って即時償却され、残額が入居年齢に応じた償却期間(60か月)で毎月均等に定額償却される。

 

●上記入居金と月額利用料の前払分52.4万円の合計約997万円が、平成19年12月27日にP銀行Q支店の夫B名義の普通預金口座から運営法人に振り込まれた。

 

●平成20年5月〇日、夫Bが死亡した。妻A、長男Gは上記入居金以外の相続財産ついて相続税の申告を行ったところ、夫Bには、妻Aの入居契約に係る一時入居金の返還金相当額(約529万円)が妻Aに対する金銭債権となっており、これが相続財産になるとして△△税務署長は更正処分を行った。

 

妻A、長男Gは上記更正処分を不服として、同年11月30日に審査請求を行いました。本件の争点は、「夫が支払った入居金が妻に対する債権となるのか」、そして、「妻にとって贈与税の課税対象となるのか」でした。

税務署は償却部分の一部が「金銭債権」にあたると主張

まずは税務署の見解です。

 

●本件入居金は、夫Bが、妻Aに対する自らの生活保持義務の履行として運営法人に支払ったものである。

 

●本件入居金の支払時には、一時入居金について、妻Aは夫Bから生活保持義務の履行に係る役務提供をいまだ受けていないことから、定額償却部分については、生活保持義務の履行のための前払金的性格を有すると認められる。

 

●夫Bの死亡後は、同人は、妻Aに対する生活保持義務を負わないから、定額償却部分のうちいまだ妻Aの家賃等に充当されていない部分について妻Aは返還義務があるから、夫Bは相続開始日において、妻Aに対する返還金相当額の金銭債権を有していることとなる。

 

●夫B及び妻Aはともに、入居契約時において、夫B死亡後も妻Aが老人ホームの入居を継続していくことを認識していたものと認められるから、上記の金銭債権については入居契約の日において、夫Bと妻Aとの間で、夫Bの死亡を原因とする贈与があったとみるべきである。

納税者は「要介護」を根拠に入居金の正当性を主張

一方の納税者の主張は次の通りです。

 

●妻Aは高齢かつ要介護者であり、他人の介護がなければ通常の日常生活を営むことができない者である。そのため、夫Bは扶養義務者として当然に妻Aを介護する法律上の義務を負っていた。

 

●夫Bが妻Aの入居契約に係る入居金を負担したのは、妻Aに対する生活保持義務を履行したものであり、贈与ではなく、妻Aは生活保持義務の履行の効果として、生涯に渡り本件老人ホームの入居を継続し、かつ、介護等のサービスを受けることができることになったにすぎない。

 

夫Bの妻Aに対する生活保持義務の履行は、民法第752条に基づく法律上の義務の履行であり、夫Bは入居契約に関する何らの権利義務も帰属していないから、本件返還金相当額が金銭債権という相続財産になる余地はない。

 

そして、夫Bによる上記負担行為は、所得税法第9条第1項第14号に規定する「扶養義務を履行するため」の給付に該当するから、妻Aが、夫Bの負担行為により享受することとなった老人ホームの入居及び介護等のサービスを受けることができる利益は、非課税所得に該当するものである。

国税不服審判所の判断は?

最終的に国税不服審判所は次のような判断を下しました。

 

●当審判所の調査によれば、妻Aは老人ホームへの入居前は、自宅で夫Bと2人暮らしであった。そして、妻Aは、本件相続開始日の2、3年前から介護が必要な状態となり、夫Bが介護していたが、その後、夫Bによる介護が困難になった。

 

●妻Aは、平成19年12月26日、要介護4と判定された。また、妻Aは本件老人ホームへの入居時において年齢は8X歳であった。

 

●本件老人ホームへの入居直前において、妻Aが有していた資産は、自宅と普通預金約80万円であった。そして、妻Aには年金以外の収入はなかった。

 

●妻Aには本件入居金を一時に支払うに足る資産がないこと等にかんがみれば、入居金は夫Bが支払い、妻Aに返済を求めることはしないというのが、夫B及び妻Aの合理的意思であると認められるから、入居金支払時に、夫B及び妻Aの間で、入居金相当額の金銭の贈与があったと認めるのが相当である。

 

●相続税法第1条の2には、相続税法における「扶養義務者の範囲は、配偶者及び民法第877条に規定する親族である」旨、また、同法第21条の3には、「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものの価額は贈与税の課税価格に算入しない」旨を規定している。

 

●扶養義務者相互間における生活費、教育費は、日常生活に必要な費用であり、それらの費用に充てるための財産を贈与により取得してもそれにより担税力が生じないことはもちろん、これを課税の対象とすることは適当でないという相続税法第21条の3の趣旨にかんがみれば、「通常必要と認められるもの」とは、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいうものと解するのが相当である。

 

そこで検討すると、

 

(1)妻Aは、高齢かつ要介護状態にあり、夫Bによる自宅での介護が困難になったため、介護施設に入居する必要に迫られ本件老人ホームに入居したこと、

 

(2)本件老人ホームに入居するためには、入居金を一時に支払う必要があったこと、

 

(3)妻Aは入居金を支払うに足るだけの金銭を有していなかったため、入居金を支払うに足る金銭を有する夫Bが、入居金を妻Aに代わって支払ったこと、

 

(4)夫Bにとって、同人が入居金を負担して本件老人ホームに妻Aを入居させたことは、自宅における介護を伴う生活費の負担に代えるものとして相当であると認められること、

 

(5)本件老人ホームは、介護の目的を超えた華美な施設とはいえず、むしろ、妻Aの介護生活を行うための必要最小限度のものであったと認められることからすれば、夫Bによる入居金の負担、すなわち夫Bからの贈与と認められる入居金に相当する金銭は、本件においては、介護を必要とする妻Aの生活費に充てるために通常必要と認められるものであると解するのが相当である。

 

上記のとおり、本件入居金に相当する金銭は、相続税法第21条の3に規定する贈与税の非課税財産に当たると認められるところ、同法第19条第1項の規定によれば、贈与税の非課税財産については、相続開始日前3年以内の贈与であっても相続税の課税価格に加算しないから、本件入居金に相当する金銭については、本件相続に係る相続税の課税価格には加算されない。

 

従って、税務署の行った更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。

 

いかがでしょうか。

 

夫が負担した老人ホームの入居保証金は妻への贈与となるが、介護を必要とする妻の生活費に充てるために通常必要なものと認められ、贈与税の非課税財産に該当するとされたのです。その結果、贈与税も相続税も課税されないと示されました。

 

老人ホームへ入居する目的、老人ホームの設備の内容、入居金の金額なども判断材料になると思われますが、今後のご参考になれば幸いです。

 

 

服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

 

 

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本記事は、『税理士法人レガート』ホームページのコラムを抜粋、一部改変したものです。

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