西日本の二府七県で一番多い「田中さん」
日本人の名字の80%以上は同一の地名から発祥したといわれ、名字ランキング第4位の田中という名字も、全国各地にある田中という地名に由来します。
田中とは一般的に「中央にある田地」のことをいい、そういう土地に地名として命名されました。そして田中地名に住み着いた家が、田中という名字を名乗ったといわれています。
農耕国家であった我が国には無数ともいえるほどの田中の地名があり、それらの地からさまざまなルーツの田中氏が発祥しています。
特に有名なのは岐阜県揖斐郡池田町田中から発祥した系統で、第56代清和天皇(850~880)の流れをくむ清和源氏土岐氏族の子孫といわれ、月海太郎光忠の子善康が田中中務(なかつかさ)と名乗ったことに始まります。
ほかに全国では三重県伊賀市阿山町田中から発祥した第50代桓武天皇(737~806)の流れをくむ桓武平氏の子孫という田中氏、滋賀県高島市安曇川町田中から発祥した第59代宇多天皇(867~931)の流れをくむ宇多源氏佐々木一族の子孫という田中氏などが著名です。
上記はあくまでも代表的な発祥をいくつか抜粋したもので、他にも多数の発祥があります。では、田中姓の分布を見てみましょう。
全国にまんべんなく広がっているように見えますが、それでも少し特徴があります。
田中姓が一番多い都道府県は、福井県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・鳥取県・島根県・福岡県・熊本県と、全国に9つあります。最も東なのが福井県で、すべてが西日本です。また田中姓が二番目に多い都道府県は長野県・奈良県・和歌山県・山口県・香川県・愛媛県・佐賀県・長崎県と、全国に8つ。
やはり西日本に偏っています。なぜでしょう? この疑問に関しては、のちほど詳しく見てみます。
家紋は、全国各地に発祥のある田中姓のルーツを推測する重要な手掛かりのひとつです。たとえば源氏発祥の田中姓は「蝶」「釘抜き」「桔梗」「二つ引き」「花菱」「木瓜(もっこう)」紋などを愛用します。
藤原氏発祥の田中姓は「片喰(かたばみ)」「蔦」「巴」紋を愛用します。
田中姓の分布は、稲作の広がりに深い関係あり
さて、なぜ田中姓は西日本に多いのでしょうか? ここでちょっと名字ランキング1位佐藤、2位鈴木、3位高橋の分布について復習しましょう(関連記事:『自分のルーツを辿る「名字の世界」』)。
佐藤が一番多い都道府県は9つ。東北に偏る。
鈴木が一番多い都道府県は8つ。関東に偏る。
高橋が一番多い都道府県は2。群馬・愛媛。
名字によって分布に偏りが見られるには、ちゃんと理由があります。
1位佐藤姓が東北に多いのは、佐藤姓のルーツ藤原氏は東北から栃木にかけての地域を本拠地としていたから。2位鈴木姓が関東に多いのは、源義経の家臣となった鈴木三郎重家の末裔が関東・東海地方にかけて広がったため。3位高橋姓が全国にまんべんなく広がっているのは全国に多くの高橋地名があり、そこから発祥したから。田中姓のケースは3位高橋姓に近いはずです。田中姓の「田」はまさに田んぼを表します。
田(田んぼ)が多い。
↓
田のつく地名が多くなる(田中とは一般的に「中央にある田地」のことをいい、そういう土地に地名として命名されました)
↓
田のつく名字が多くなる
このように田中姓という名字が増えていったのですが、日本の稲作文化は九州地方から始まり次第に東日本に広がっていきました。つまり、田という地名も、そこから発祥した田中姓も、東日本よりも西日本のほうが、より古く、より多くなったのです。
それでは「同じく“田”のつく名字はいったいどうなのだろう?」という疑問が浮かぶかもしれません。たとえば、吉田に池田。その他にも前田、山田、西田、さらに東田もいます。思い浮かべればきりがないほど「田」のつく名字は多いです。ここで、「田」のつく名字ランキング上位10を見てみましょう。
田中:全国4位
吉田:全国11位
山田:全国12位
池田:全国24位
前田:全国29位
藤田:全国30位
岡田:全国33位
太田:全国45位
福田:全国44位
松田:全国48位
その次にその語源も調べてみましょう。名字の語源ということは、地名からついた名字であれば地名の語源を調べるということになります。名字の語源を調べるには、丹羽基二氏の日本姓氏大辞典をはじめとした地名と名字の書籍が便利です。調べていくと、それぞれの姓について、下記のように記してあります。
吉田とは「葦原の生えている湿地帯」
山田とは「丘のほとりの田地」
池田とは「池のそばの田地」や「休耕している田地」
前田とは「神社の前の土地」や「本家の前の土地」
藤田とは「小高い丘」や「藤の木が生えている田地」
岡田とは「岡のそばの田地」
太田とは「大きな田地」
福田とは「福が招来する田を意味する吉祥地名」や「湿地にある田地」
松田とは「松林のそばにある田地」
「地名が付きやすい(地名が多い)」ことと、「名字が多い」ことには、深い関係がありそうです。ここで一つ、地名のつきやすさと名字の多さのについて極端な例で考えてみましょう。
西田という名字があります。東田もいますし、南田も北田もいます。しかし西田という知り合いはいても、南田と知り合いという人は少ないかもしれません。ランキングを見てみましょう。
西田:全国114位
北田:全国763位
東田:全国1394位
南田:全国3553位
このような圧倒的な差はどうして生まれたのでしょうか?同じく東西南北のつく西村さん、北村さん、東村さん、南村さんやまさに東西南北の西さん、北さん、東さん、南さんもおおよそ同じ順位になります。
西のつく名字は村の中心から見て西につきます。北のつく名字は村の中心から見て北につきます。では村の中心とはどこになるでしょうか? 日当たりの良い東側と南側が中心地です。
つまり村の中心地が東側であれば、そこから見て西に西のつく地名が生まれます。村の中心地が南側であれば、そこから見て北に北のつく地名が生まれます。だから、西田さんや北田さんに比べ、東田さんや南田さんは少ないのです。
名字を考えたとき。地名の成り立ちはとても大切です。
農耕国家である日本はきっと土地を愛していたのでしょう。日本にはたくさんの地名があり、そこからたくさんの名字が生まれたのです。