五千万円以上でも…「北斎の浮世絵」が高額で落札されるワケ

日本人にとってアートは「一部の愛好家のもの」という認識が強くあります。一方世界、特に欧米では、絵画をはじめとするアート作品は実物資産として富裕層を中心に身近な存在です。またグローバル企業のなかにはアートで美意識を磨き仕事に活かすという流れがあり、富裕層のみならず、一般層にもアートの興味・関心は広がりつつあります。本連載ではShinwa Auction株式会社の高井彩氏が、アートを身近に感じることのできる展覧会をレビュー。その見所や、展示されているアートの市場価値などを紹介していきます。今回取り上げるのは、葛飾北斎の浮世絵。

なぜ浮世絵は「江戸町民」から支持されたのか?

JR・地下鉄大江戸線両国駅より徒歩10分足らず、葛飾北斎生誕の地と伝えられるまさにその場所に「すみだ北斎美術館」はあります。今回は同館で11月4日(月)まで開催中の「北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展」を紹介しながら、北斎作品の美術品市場取扱実績をみていきましょう。

 

すみだ北斎美術館 「北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展」展覧会場入口(著者撮影)
すみだ北斎美術館 「北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展」展覧会場入口(著者撮影)

 

[北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展]

●開催期間:2019年9月10日(火) 〜 2019年11月4日(月)

(前期:9月10日~10月6日 後期:10月8日~11月4日)

 

葛飾北斎は1760年、徳川第10代将軍・家治の治世に本所割下水付近(東京都墨田区)で生まれました。14歳の頃に木版画を学び始め、19歳で役者絵を得意とした浮世絵師・勝川春朗に弟子入り、20歳で浮世絵界にデビューします。

 

浮世絵の「うきよ」とは、もともと仏教用語でつらく儚いこの世を意味します。しかし江戸時代になると、世間一般、特に町人たちが活動した都市部で、人々が現世を謳歌する様を表すようになりました。現在、浮世絵の語は江戸時代に描かれた風俗画を指し、手描きを意味する「肉筆」や鈴木春信が生み出した多色摺り木版画「錦絵」など様々な技法で描かれたものを含みます。

 

浮世絵は庶民層から大きな支持を得ますが、それは浮世絵の登場で、ついに庶民が観賞用の絵を簡単に買うことができるようになったから。木版技術の導入によって大量生産が可能となった結果、1枚あたりの単価が下がり、流通が安定するとA4サイズの浮世絵を1,000円以下で買うことができるようになりました。画中に宣伝文句を摺り込んだ広告に美人画、役者絵、春画、風景画、風刺に戯画と、浮世絵は民衆が望むテーマを制限なく取り入れながら発展していきます。

 

茂木本家美術館は、千葉県野田市、キッコーマン株式会社本社のほど近くにある近現代美術を所蔵する美術館です。江戸時代より醤油醸造に勤しみ、後にキッコーマン創業家の1つとなった茂木本家、十二代当主茂木七左衞門(1907‐2012)が収集した美術品を一般公開しています(入館は予約制・詳細は美術館HPへ)。本展には北斎の代表作《冨嶽三十六景》《諸国瀧廻り》《諸国名橋奇覧》《北斎漫画》他、前後期併せて116点の北斎関連作品を提供しています。

北斎が描いた「赤富士」の鑑賞ポイントは?

「冨嶽三十六景‐凱風快晴」(Shinwa Auction株式会社2019年9月21日開催オークション出品作品画像)
「冨嶽三十六景‐凱風快晴」(Shinwa Auction株式会社2019年9月21日開催オークション出品作品画像)

 

ここで出品作品より1点を紹介します。展覧会のメインイメージにも使用されている《冨嶽三十六景‐凱風快晴》です。

 

北斎は70歳代・天保2‐5(1831‐34)年頃、江戸馬喰町の版元「西村屋与八」から、富士をテーマとした錦絵の揃い物《冨嶽三十六景》全46図を出版しました。主たる線に藍を使用した「表富士」36図、その後に追加された、主線に墨の黒を用いた「裏富士」10図からなり、富士の様々な姿を、西洋透視図法の独自解釈やベロリン藍(プロイセンから輸入した人工顔料)といった舶来の知識・材料を取り入れながら大判画面に多色摺りで表現しました。

 

通称「赤富士」と呼ばれる本作は、晩夏から初秋にかけて、朝日に映えて山容が真っ赤に染まる瞬間の富士の姿を表わしたものといわれています。画題中の「凱風」は南風を意味し、明けゆく空には鰯雲がその穏やかな風に乗って流れていく様子が描かれています。画面内に登場する要素を大胆に省略して富士の裾野の長さを強調した構図や、「拭きぼかし」技術をもって、わずか3色ほどの色数で山肌に施された、自然が早暁の一瞬に作り出す色彩美の再現も本作の見どころです。

 

《冨嶽三十六景》は旅や行楽、富士信仰に対する民衆の高い関心と相俟って人気を博しますが、当時の国内で北斎の社会的地位は決して高いものではなく、一介の人気浮世絵職人という扱いでした。そんな北斎の浮世絵を芸術としてまず評価したのは19世紀後半、フランスのジャポニスム擁護派であり、同時期に活動していたエドゥアール・マネや印象派にも影響を与えたとされています(このことが今日の国際的な北斎評価に繋がっています)。

数千万円で取引される北斎作品の特徴は?

同作は国内外のアートオークションにもしばしば登場し、ジャポニスムの象徴として高い人気を示します。現状の美術品市場において木版の浮世絵(=錦絵)の価格はおおまかに、

 

① 摺り上がり(出来上がり)が作家の意図に対してどのくらい忠実であるか

② 作品そのものの状態(コンディション)は良好であるか

 

によって上下し、完全なものから減点法で評価をされています。

 

① について、木版画は印刷物のため、版木が破損しない限りたとえ作家の死後であっても新たに再生産をすることができます。その特性を汲んで、作家の監修が最も行き届いた状態で最初に摺られる「初摺(しょずり)」に近いほど価値が高く、後世に、すでに摺り上がったものを参考にして作られた「後摺(あとずり)」になるほど価値が下がります。加えて、版が木製であるため、摺れば摺るほど摩耗を起こし、後摺になるほど、ぼやけたり欠けたりして当初の線の美しさや色面の明瞭さは失われていきます。

 

② については、木版の浮世絵が和紙に顔料で摺られているがゆえに、今日に伝わる過程で作品の端が切断されてしまう、破れてしまう、シミだらけになってしまう、日光に晒されて色が飛んでしまうなど、鑑賞できる状態で、かつ完全な姿を留めて現存すること自体が非常に難しい美術品であることが理由です。

 

後述のアートオークション落札実績について、同作品でも落札価格が大きく異なっているのは、オークションが競りの状況によって売買価格が変動するという特性を持っているからだけでなく、これらが、制作された時期や作品の状態(コンディション)によって価格変動しやすい美術品であるからだという事情があり、その価格差は10万、20万ではなく100万円単位で変動します。

 

近年の売買実績として、2018年11月のChristie’s(クリスティーズ)香港セールでは、エスティメイト650,000~850,000香港ドルで出品され1,750,000香港ドル(約2,400万円)で落札。2019年3月のChristie’s(クリスティーズ)NYセールではエスティメイト90,000~120,000ドルで出品され507,000ドル(約5,600万円)で落札されました。国内の例としては2019年9月Shinwa Auction(シンワオークション)東京にてエスティメイト1,000~2,000万円で出品、2,700万円で落札されています。

 

「冨嶽三十六景‐神奈川沖浪裏」(Shinwa Auction株式会社2011年3月19日開催オークション出品作品画像)
「冨嶽三十六景‐神奈川沖浪裏」(Shinwa Auction株式会社2011年3月19日開催オークション出品作品画像)

 

また、展覧会後期に展示される予定の《冨嶽三十六景‐神奈川沖浪裏》についても付け加えておくと、2019年3月、ロンドンを拠点とするオークションハウス・Bonhams(ボナムズ)のNYセールにて、エスティメイト250,000~350,000ドルで出品され475,075ドル(約5,200万円)で落札。2019年9月、同じくBonhams(ボナムズ)NYでも同作が出品され、エスティメイト200,000~300,000ドル、237,575ドル(約2,500万円)で落札されています。

 

ここまで、葛飾北斎の良品という浮世絵界の特品を紹介していますが、いまや名もなき江戸~幕末浮世絵職人たちの木版画であれば、今でも1枚1,000円程度から手に入れることができます。また、葛飾北斎であっても、後世の後摺であれば数十万円で探し出すことも可能です(裏を返して言えば、浮世絵のコレクション形成は摺りを見分ける専門的知識を必要とする蒐集であることがわかります)。

 

本展では、鮮やかに溢れるような色彩を残した(また適切な修復が行われた)、葛飾北斎の良品を一同に見ることができます。鑑賞の所要時間目安は常設展示を含めて1~2時間ほど。両国駅周辺には本館の他にも江戸東京博物館や刀剣博物館といった博物館施設が集中していますので、1日かけてぐるっと楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

Shinwa Auction株式会社  学芸・広報担当

京都市立芸術大学 大学院美術研究科 修士課程 芸術学科卒。
幅広いジャンルを取り扱う公開型オークションを通年開催しているShinwa Auction株式会社の学芸・広報担当。
近代美術、戦後美術・コンテンポラリーアート、マンガの作品調査を担当しつつ、公開型オークションの仕組みや楽しみ方をお伝えしています。

Webサイト:https://www.shinwa-auction.com

著者紹介

連載富裕層のためのアート講座~専門家が注目する展覧会レビュー

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧