日常でもビジネスでも使われている「脅し」
指示した通りに動かない部下、注意してもいたずらを止めない子ども、苛立たせる恋人などを「脅し」て、その行動を変えようとしたことはありませんか? 恐怖を感じさせることで人を動かそうとする効果について説明していきましょう。
子どもに「そんなことすると置いていっちゃうよ」とか、別れる気もないのに「これじゃあ、別れるしかないね」と言うなど、日常生活でもちょっとした「脅し」を使うときはあるでしょう。
ビジネスのシーンを見てみましょう。さすがに上司が部下を査定する場面などで、明らかなパワハラ行為のような「脅し」をする人は少ないと思いますが、「締め切りに間に合わないと、部長に怒られちゃうよ」などと、ちょっとした「脅し」で人を動かそうとする人は少なくないかもしれません。
恐怖からこちらの話に耳を傾け、反省した態度を見せることもあるので話も早いと感じるかもしれません。でも、本当に相手は反省しているのでしょうか? じつは恐怖を使って相手をコントロールしようとする手法は、CMなどでも結構見られます。
ダニなどの害虫の存在をクローズアップする殺虫剤や将来の不安を訴える生命保険、健康に関わる商品のCMなどでも、潜在的な恐怖をあおっています。専門的には「恐怖マーケティング」と呼ばれるもので、すでに定番化している印象もあります。
実は恐怖で人を動かそうとするとどうなるのかという疑問には、心理学が答えを出しています。
「脅し」では行動を改めさせることはできない
米国の心理学者であるジェニスとフェシュバックがコネチカットの高校生200人を参加させ、虫歯や口腔についての15分の講義を行いました。ただしスライドの内容を3種類に分けました。
最も刺激の強い「強度」のスライドは、虫歯の末期状態や間違った歯の手入れのおかげで悲惨な状態になった場面を映し出し、恐怖を高めるようにしました。そして「強度」のスライドをややマイルドにした「中度」、さらに不快な内容は一切触れず、歯の成長や機能に関するスライドのみを使った「最小限」。以上3種類のスライドを使った講義を、それぞれのグループに見せて調査したのです。
まず、どれだけ「脅し」が効いたのかを、講義直後に調べてみました。
結果は予想通り。「虫歯や痛んだ歯ぐきについて心配した人」は「強度」で7割を超え、「中度」で50%、「最小限」で46%という結果となりました。「強度」を見た学生の多くが、心を揺さぶられたということでしょう。
しかし問題はここからです。
講義直後の調査でも、歯みがきの方法をスライドのように改めようと思った人は、「最小限」で50%だったのに、「中度」で44%、「強度」で28%だったのです。一週間後に歯みがきの意識調査をした結果も「最小限」の成績がよく、「中度」「強度」と下がったことが明らかになっています。
この実験結果について、「聞き手に恐怖を植え付けることはコミュニケーションの無視や内容の過小評価を招く」と『対人社会心理学 重要研究集3』(誠信書房)はまとめています。
つまり相手の行動を変えようと思ったら、脅して恐怖を与えてはいけないということです。確かに脅せば、相手は反省のしたような態度を示します。しかし、それは恐怖からであって、行動を変えようと思ったからではないのです。
子どもであっても、部下でもあっても、教育をしようと思うなら、まず行動を変えた方がいい理由をしっかり説明するようにします。行動を変えることが自分にプラスになると理解できれば、脅して恐怖を与えるよりもはるかに効果があるのですから。
脅された人は「反対の主張」にも乗りやすい
さらにこの実験では、スライドで見せた内容とは逆の内容、「歯ブラシなんてどんな種類のものでもいい」といったチラシを見せて、それにどれだけ賛成してしまうのかも測定しました。結果、「強度」のスライドを見たグループが、最も多くこのチラシに賛同してしまったのです。
これは悪癖を直そうとする場合などには、とても重要なポイントになるでしょう。
たとえば深酒したことを怒って脅せば、一見、反省したような態度になるかもしれません。しかし「お酒は体にいい」といったような話には同調してしまう可能性が高まるのです。この場合も深酒が止めた方がいい理由を、丁寧に説明した方が行動を改める可能性が高いのです。
もちろん指導に熱が入ったり、周囲からプレッシャーを受けたりして、ついつい大声を出して叱ってしまうこともあるでしょう。人間関係はすべて理性的に進むわけではありません。とはいえ「効果の高い指導法」を考えるときに、ジェニスとフェシュバックの実験は参考になるでしょう。