●人民銀行は、基準値を元安方向にも元高方向にも設定できる相応の裁量権を持つと推測される。
●本日の基準値で市場は安堵、ただ中国は緩やかな元安を進められるため、米国との火種は残ろう。
元安進行のなか、中国は米農産品購入の一時停止を発表、米国は中国を為替操作国に認定
貿易問題を巡る米中の対立が、足元で一段と激しさを増しています。トランプ米大統領が8月1日に対中制裁関税第4弾の発動を表明した後、8月5日の上海外国為替市場では、人民元が防衛ラインとみられていた1ドル=7元の水準を超えて下落しました。これを受け、中国人民銀行(中央銀行)は、「対中追加関税などの影響で人民元相場は7元を突破した」旨の声明を発表し、元安進行の原因は米国にあることを示唆しました。
その後、中国商務省は、米国からの農産品の購入を一時停止すると発表し、8月3日以降に取引が成立した米国からの農産品について、関税を課す可能性を排除しない意向を示しました。これに対し、米財務省は、中国を為替操作国に認定したことを明らかにし、声明のなかで「中国はここ最近、自国通貨切り下げのための具体的な措置を講じた」と指摘し、中国を非難しました。
人民銀行は、基準値を元安方向にも元高方向にも設定できる相応の裁量権を持つと推測される
ここで、改めて中国の通貨制度を確認します。中国は一定の範囲内で通貨の変動を許容する変動相場制度を採用しています。より厳密には、中心となる交換レート(中国の場合は基準値)を定期的に変更し、必要に応じて変動幅も定期的に調整するクローリング・バンド制というものです。現在、人民元の対米ドルの1日当たり変動幅は、基準値の上下2%に設定されています。
基準値は、中国人民銀行により、中国時間の午前9時15分に公表されますが、一般に、「前日の終値+通貨バスケット調整+逆周期因子調整」で決まると考えられています(図表1)。逆周期因子による調整は、相場の過度な変動を抑えることを目的としていますが、詳しい内容は明らかにされていません。そのため、人民銀行は、基準値を元安方向にも元高方向にも設定できる、相応の裁量権を持つと推測されます。
本日の基準値で市場は安堵、ただ中国は緩やかな元安を進められるため、米国との火種は残ろう
8月5日の上海外国為替市場で、人民元は1ドル=7.0536元まで下落しましたが、この水準は基準値から2%の変動幅に収まっているため(図表2)、中国としては、現行制度に基づく為替変動ということになります。しかしながら、米国からみれば、中国当局が基準値を元安方向に設定し、2%近いドル高・元安方向の変動を容認したことは、為替操作に他なりません。
こうしたなか、本日8月6日の基準値に注目が集まりましたが、基準値は前日から0.66%程度ドル高・元安水準に設定されました。2015年8月11日の人民元切り下げの際、基準値は前日から1.86%程度ドル高・元安方向に設定されましたので、7元突破でも大幅な元切り下げはないとの安心感が市場に広がりました。ただ、中国は基準値の設定と2%いっぱいの変動容認によって、緩やかなドル高・元安を進めることは可能であるため、米国との火種は残ると思われます。
※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『米中対立激化と1ドル=7元突破の意味』を参照)。
(2019年8月6日)
市川雅浩
三井住友DSアセットマネジメント シニアストラテジスト