中小企業による事業承継型のM&Aが活発化し、国内M&Aの件数が過去最高を記録した。日本企業全体の3分の1が後継者未定といわれるなか、M&Aを活用した事業承継対策が進んでいるのが要因と考えられる。他の投資案件と比べ、投資家の自助努力により、リターン・リスクをある程度コントロールすることができるM&Aは、個人投資家にとっても有力な選択肢の1つとなるだろう。本連載では、投資先にマネジメントを任せることで、投資後の手間をほとんどかけない「ハンズオフM&A投資」について詳しく解説する。

空前のブームに!中小企業M&Aエコシステムの成熟化

筆者はM&A業界に長く身を投じていますが、2015年あたりから、動きが盛んになった印象を受けています。なかでも、事業承継を切り口としたM&Aが日に日に増加しているのです。

 

M&Aの大きなトレンドとしては、リーマンショックにより一度はマーケットが縮小したものの、2011年頃から日本企業が海外企業をM&Aする、いわゆる「クロスボーダー案件」が増加し始めました。ソフトバンクの「スプリント・ネクステル」買収(2013年)や、サントリーによる「ビーム」買収(2014年)、武田薬品工業による「シャイアー」買収(2018年)等、経営戦略オプションの1つとしてのM&A活用が、大企業や上場企業に根付いてきた感はあります。


その一方で、「今後10年間で中小企業127万社が廃業」というショッキングなフレーズが多く聞かれるようになり、事業承継を活性化させる動きも見られました。数億円規模の案件をコントロールする上場M&A仲介会社は軒並み最高益を達成し、M&Aのマッチングプラットフォームも一時期を境に爆発的に増加しました。

 

また、地銀や事業会社が単独や共同で事業承継ファンドを設立するニュースやプレスリリースもよく目にするようになりました。さらに、会社を300万円やゼロ円で買収するM&A本も大ブレイクし、個人の投資家集団ができるほど、事業承継絡みのM&A、言い換えれば「スモール・マイクロサイズのM&A」は活況を呈しているのです。

「M&Aで投資」という発想

M&Aというキーワードを聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか? 少し前であれば、あまりいいイメージはなかったかもしれません。

 

M&Aが日本に根付いたきっかけとして、「敵対的買収」「ホワイトナイト」「ハゲタカ」「会社乗っ取り屋(コーポレートレイダー)」等のキーワードが挙げられるでしょう。先述したとおり、現時点でのM&Aは、経営戦略オプションの1つとして認識されています。事業会社がM&Aを検討する理由としても、イチからの設備投資には時間がかかりすぎるという点が挙げられます。時間をお金で買うという発想に基づき、M&Aを選択するパターンが多いでしょう。いわゆる「シナジー投資」や「戦略投資」にカテゴライズされるもので、「M&A=経営戦略」なのです。


一方で、「M&A=投資・純投資」というコンセプトの下で活動しているプレイヤーは、バイアウトファンドや自己勘定投資会社等の一部のプロ投資家に限られています。彼らは投資業や株主業という業種に分類され、入り口の段階では、投資対象となる会社の業界情報に明るくないのです(投資検討が本格化したら、物凄い勢いで業界に詳しくはなりますが)。


プロ投資家は、M&Aをする際には必ず、外部借入の活用を検討します。通常の法人融資ではなく、投資対象会社が生み出すキャッシュフローに依拠した融資である「LBO(レバレッジド・バイアウト)」を一般的に活用するのです。そして、ローン付けに最大限の力を注ぎ、LBO等の外部借入と自身の手元資金により、投資を実行します。

 

この投資手法の最大の特徴は、バリューアップしなくても(売上や営業利益等をグロースさせなくても)、投資実行時の企業価値を投資期間中ずっと維持し、かつ維持した状態で売却することができれば、リターンが負債返済分とイコールになる点です。下記図表は、その考え方を示したものです(概念理解のために極力簡略化、かついくつもの前提条件を置いていることはあらかじめご了承ください)。

 

[図表]ハンズオフM&Aの投資スキーム
[図表]ハンズオフM&Aの投資スキーム

 

ある会社の企業価値が10億円で、そのまま10億円で投資をしたとします(ここでは企業価値=投資額とします)。6億円を外部借入(業界的にはこれをLTV<Loan To Value>60%といいます)により調達し、残りの4億円は自己資金から拠出し、投資を行いました。

 

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お金の流れとしては、投資家が投資のために設立した買収用SPC(特別目的会社)に外部借入の6億円と自己資金の4億円の計10億円を投入し、ここから投資対象会社へ投資を行います。そして投資実行後は、買収用SPCと投資対象会社を合併させます(合併後は新投資対象会社とします)。入口の段階でキャッシュアウトする金額はマイナス4億円(投資元本)です。

 

投資実行後、新投資対象会社は投資期間中にEBITDA(Earnings Before Interest,Tax,Depreciation,And Amortizationの略で、税引き前・利払い前・償却前・利益の意味となります。ここでは「営業利益+減価償却費」と考えてもらえればいいです)は2億円を維持し、EBITDA倍率は5倍から変動することなく、企業価値10億円を維持し、売却時もそれをすべて維持して、入口と同様に10億円で売却できたとします。

 

外部借入は、返済原資である新投資対象会社より毎期生まれるEBITDA2億円から、毎期1.2億円を返済します。本シミュレーションにおいて、企業価値はEBITDA倍率法に基づいて算出しており、借入の返済は企業価値には何ら影響を与えない前提です。

 

少し前提の説明が長くなりましたが、この場合、入口の段階の4億円が6億円に生まれ変わります(売却額10億円=売却時自己資金から投資元本を控除)。この一連の流れを、プロ投資家の世界で使われるIRR(内部収益率といい、現時点においては「利回りみたいなもの」という理解で構いません)に当てはめて計算すると、20%超という状況で、プロ投資家の世界においても成功の範疇に入ってきます(IRRは概ね20~30%で設定しているプロ投資家が多いです)。


繰り返しとなりますが、上記の例は、あくまで概念理解のために極力簡略化し、いくつもの前提条件を置いていることはご了承ください。実際には、プロ投資家は売上や利益をグロースさせるために日々尽力し、同時に金融機関の設定した財務コベナンツに抵触しないよう細心の注意を払っています。合法的なあらゆる手段を検討しながら、企業価値を向上させ、リターンを最大化させるべく動いているのです。

 

ただし何もしなくても、リターン20%超を狙える投資は、世の中にあふれかえる金融商品・投資案件を探してもなかなか出てこないかと思います。では、プロ投資家でなくても、リターン20%程度を狙えるM&A投資案件に取り組むことは可能なのかを見ていきましょう。

「ハンズオフM&A投資」の極意

まず結論からいうと、プロ投資家でなくても、外部借入を活用し、レバレッジを効かせてM&A投資を進めることは可能です。当然、買収用の法人(場合によっては自社でも構いません)を準備する必要はありますが、プロ投資家が活用しているLBO、そのノウハウにもとづいた疑似的なLBO、地銀や第二地銀、信金等が提供する事業性ローン、場合によっては公庫等の創業者融資等、その選択肢はさまざまです。こちらの話は、次回以降のコラムにて詳細を記載する予定です。

 

次に、本記事のタイトルであるハンズオフM&A投資の「ハンズオフ」に照準を当て、ハンズオフは可能なのかを考察します。


まず、M&A投資の特徴から整理していきましょう。世の中には、さまざまな金融商品・投資案件があふれていますが、M&A投資は投資家自身の努力により、投資後もある程度リターン・リスクをコントロールすることができます。

 

例えば、上場株式でデイトレードをする場合、株価の上がる銘柄(空売りの場合は株価の下がる銘柄)をさまざまな情報収集や投資分析により抽出し、投資の意思決定をします。しかし、いざ思惑どおりに株価が動かなければ、予測したとおりの株価が形成されるまで待つか、早々に損切りするかのいずれかであり、投資後はコントロールが効きません。


一方、M&A投資の場合は、投資後に投資対象会社の収益が下がれば、財務リストラクチャリングやコスト削減・合理化施策等を行うことで、収益を上げることも可能です(もちろん業界により、マクロ要因からいくら収益構造を変えても歯が立たないこともあります)。逆に収益が上がっていれば、多くのプロ投資家はさらに業績を向上させようとさまざまな施策を打ち出すでしょうが、あえて投資家は何もせずに、投資対象会社先のマネジメント陣にすべて任せるといった、ハンズオフの姿勢でも何ら問題はありません。


つまり、リターン・リスクのコントロールにより、ハンズオフでの投資が可能となるのです。もちろん、すべてのフェーズにおいてハンズオフというわけにはいきません。やはり投資ですので、損失は回避しなければならず、先述の収益が下がった局面や下がりそうな局面、また今後において下げる要因を見つけた場合には動く必要があります。またM&A投資の実行時も、さまざまな関係者に影響を及ぼすタイミングですので、やはり動く必要があります。


ただし工夫次第で、その動く度合いを最小限に留め、ハンズオフに近い姿勢を貫き通すことは可能です。

 

例えば、投資対象会社が従業員数5名以下で、社内の管理システムがアナログに近い状態の会社だったとしましょう。この場合、従業員数も少ないですし、何とか自力で行う仕組みを作るという発想もあるかもしれません。しかし、クラウド型のシェアードサービス等、外部の力を活用し、コストも最小限度に抑えれば、ほぼ他人任せにすることもできます。


またM&A投資の実行は一大イベントですが、逆に色んな思惑が交錯するタイミングでもあります。投資家からすると、オーナーチェンジによって、従業員や取引先等が流出しないかどうかが心配です。新たなオーナーを迎えた投資対象会社からすると、「首を切られるのでは?」「新たな仕組みを導入され、面倒なことが起きるのでは?」と心配事が尽きません。

 

これを逆手に取り、元オーナーの了承ありきにはなりますが、投資後も期間限定で元オーナーに投資対象会社のサラリーマン社長として就任してもらったり、週3の顧問に就任してもらったりと、あえて無用な変化・改革は行わない方法を取り、こちらもハンズオフに近い姿勢を貫き通すことは可能です。


さて、ここでしっかり本記事におけるハンズオフの定義をしたいと思います。


まず、投資対象会社の収益が「黒字で上昇局面」「黒字で横ばい局面」であれば、同社のマネジメント陣に「すべて任せた!」の姿勢で完全なるハンズオフができます。


そして、投資対象会社の収益が「赤字で下降局面」「赤字で横ばい局面」「赤字の恐れ局面」「赤字要因を見つけた局面」または「M&A投資の実行時局面」においては、外部の力を積極的に借りて、無用な変化・変革を行わず、自身の動く度合いを最小限に留めて、ハンズオフに近い姿勢を貫き通すことは可能です。


もちろん投資後、投資対象会社は会社法上において株主のものとなります。どのような会社運営を選択するかは株主の自由であることはいうまでもありません。本記事は、投資後にあまり手間をかけたくない投資家がどう会社運営をしていくかをあくまで検証したものであり、ハンズオフ投資を推奨するものでないことをここに明記しておきます。

まだまだ「M&Aの世界」は敷居が高い

M&Aはまだまだ敷居の高い世界であることもまた事実です。ここ数年のM&Aブームでネット上には嘘か本当かも分からないようなM&A情報が氾濫しています。横文字や法務、会計・税務等の専門用語も多く、なかなか取っつきにくいのかもしれません。また、最近爆発的に増えているM&Aのマッチングプラットフォームの使い方もわからないということもあるでしょう。


ただし、敷居が高く、一見するとよく分からない世界だからこそ、まだまだ市場の歪みや情報の非対称性を有効活用した収益機会が残されているのではないかと考えます。今後も、この世界の敷居をできるかぎり低くするよう、引き続き本連載にて、ハンズオフM&Aについてご紹介していきます。

 

 

米田 岳

株式会社幻冬舎アセットマネジメント 投資開発室 室長

 

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