争いが絶えないことから「争族」と揶揄される「相続問題」。当事者にならぬよう、相続対策は万全にしておく必要があります。本連載では、一般社団法人日本相続戦略アドバイザリー協会の代表理事である牛田雅志税理士が実際に目にしたという「争族」のエピソードから、相続トラブル解決のヒントを探っていきます。

最終的に孫が相続できるよう「遺言書」を作成したが…

自身の財産であれば、好き勝手に配偶者や子どもたちに相続させることが可能ですが、配偶者や子どもたちの相続までは自分の思い通りにいきません。もちろん、遺言で配偶者や子どもたちに向けて、こうして欲しいと要望することや遺言書を同時に書いてもらうことも可能ですが、拘束力があるわけではありません。

 

今回のエピソードは、高齢で未婚だった相続人の結婚によって、その法定相続人が変わったことが、家族の崩壊を招いた悲劇を紹介します。高齢結婚がなぜ悲劇のキッカケになったのかを紐解くと同時に、最適な分割方法はどうあるべきかについても考えていきます。

 

鎌倉に住む田中さん(仮名)は両親、本人、次男の4人家族でした。独立後、田中さんは妻と子ども2人で横浜に住み、母親が亡くなったあと、未婚の次男は父親と同居していました。父親は、自宅の他に賃貸マンションを2棟所有しており、長男と次男に1棟ずつ相続してもらいたいと思っています。

 

父親は、ある日、長男と次男に向けてこういいました。

 

「そろそろ私も歳なので、遺産分割のことを話しておくよ。2棟ある賃貸マンションは、一棟ずつお前たちで分けて欲しい。そして、今住んでいる自宅はそのまま次男に相続してもらいたい。ただし、ひとつだけ条件がある。

 

次男が相続する自宅と賃貸マンションだが、次男の相続時に長男が生きていれば長男に、もし長男が死んでいたらその子どもに相続させるよう遺言書を書いてもらいたい。それを了承してもらえるかな?」

 

父親は、未婚である次男の生活保障を考慮に入れつつ、自身の財産は最終的に孫たちに継いでもらいたいと考えていました。次男はこういいました。

 

「お父さん、僕の生活のことまで考えてくれてありがとう。兄さんがよければ、その条件で遺言書を書くよ。僕はもう50才を超え還暦も近いし結婚することはないと思う。遺す家族もいないから甥っ子たちに相続できるよう手続きするよ」

 

田中さんは「お父さんの意思であれば僕も従うよ。最終的に僕の子どもたちに財産が相続できるなら問題ないよ」と賛成しました。

 

父親と次男は早速、公正証書遺言書を作成しました。2年後父親は亡くなりましたが、長男と次男は揉めることなく遺言書通りに財産を相続しました。

弟の結婚で、父の財産は血の繋がりのない家族のものに

しかしその直後、次男に幸運が舞い込みました。60才で結婚が決まったのです。実は、次男には随分前からお付き合いしている女性がいました。その女性の離婚協議が長引いていたため法的な結婚は無理だと諦めていました。しかし、状況が変わり協議離婚が急遽決まったのです。この女性にはお子さんもいらっしゃいました。

 

ただ、この喜ばしい出来事が次男の気持ちも変えることになります。次男は、田中さんを呼び出しこういいました。

 

「兄さん、実は、妻との結婚を機に妻の子どもと養子縁組をしました。新しい家族を迎えることを共に祝って欲しい。そして、ここからが本題なのだけど、甥っ子達に財産を相続させるという遺言書を撤回したい。申し訳ないのだけど、新しい家族に財産を相続させたいんだ」

 

「えぇぇぇぇぇ…」

 

田中さんは想定外の次男の発言に開いた口が塞がりません。

 

「おまえ、お父さんの言葉は覚えてないのかい。確かに新しい家族ができたのはお祝いしたいけれど、遺産相続とは別問題だろ。お父さんは血の繋がった孫に相続させたいと考えていたんだぞ。お父さんの知らない他人に財産を相続させるなんて俺は許さないぞ」

 

「僕にとっては血の繋がった甥っ子よりも、身近で共に生活をする家族が一番大事なんだよ。兄さんにはわからないのだね。もういいよ」

 

「はぁ、なんだ、その口の利き方は、ちょっと待てよ!」

 

次男は田中さんの手を振りほどき出ていってしまいました。田中さんは為す術もなく、次男の財産はすべて妻とその子どもへ相続され、田中さんの子どもたちに相続されることはありませんでした。

 

では、田中さんはどのようにすればよかったのでしょうか。

 

次男の生活保障を考慮する必要があったなら、賃貸マンションは次男のままでも、自宅部分は田中さんが相続する遺言にしてもらったうえで、その自宅を次男に生涯無償で居住できる旨の契約書を交わすこともできたでしょう。さらに、次男に書いてもらった遺言書は絶対的な拘束力がないことを理解する必要がありました。次男が結婚し新しい法定相続人ができることは想定外とはいえ、あり得ないことではありませんでした。

 

代替案として家族信託を利用して賃貸マンションと自宅を信託化して次男(そのご家族も)の生活を保障すると同時に、最終的に田中さんの子どもたちに財産を相続させる設計も考えられました。次男の新しい家族を想う気持ちに寄り添い、その生活の保障も確保できる提案をすれば、次男と話し合いの余地はあったかも知れません。

 

家族間の信頼関係はもちろん大切ですが、遺言書の限界も知ったうえで、問題解決を図ることが遺産分割対策なのです。

 

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