残された財産の最適な分割方法はあるのか?
大きく分けて相続対策には、「節税対策」「納税対策」「遺産分割対策」の3つがあります。
この3つの対策に優劣があるわけではありません。
「税金を1円でも少なくしたい」
「納税資金が足らない」
「分割できる財産がない」
など、家族それぞれの事情に合わせた優先順位で相続対策は進めます。
今回はこの相続対策のうち、遺産分割対策を最優先されたご家族に起こった悲劇をご紹介いたします。なぜ悲劇をもたらしたのかを紐解くと共に、最適な分割はどうあるべきかについても考えていきます。
同じ敷地に住む兄弟の仲は悪く…
東京都23区の一等地にお住まいの中村さん(仮名)は不動産賃貸業を営んでいます。配偶者はすでに亡くなっており、子供は長男(医者)と次男(公務員)のお二人です。ちなみに次男は中村さんの仕事を手伝っています。
中村さんの財産は、不動産と金融資産のみで節税対策と納税対策は万全です。
広大な敷地には中村さんの自宅、賃貸マンション、長男の自宅、次男の自宅が併存しています。ただ、次男の自宅は道路と接しておらず(袋地)、長男の自宅を通らないと外に出られないことが難点です。
さて、中村さんは自分の仕事を手伝ってくれる次男を好ましく感じています。一方、家に寄り付かない長男のことは疎ましいとさえ思っています。
さらに残念なことですが、兄弟仲もよくありません。
ある日、中村さんは次男から遺産分割について以下のような相談を受けました。
「お父さんの相続後に兄と揉めるのは必至だ。特に私の自宅は袋地なので、道路につながる道を分筆した上で私に相続させると遺言を書いて欲しい」
中村さんはその申し入れを受け入れ、次男の自宅部分を分筆し遺言を書きました。
さらにあるとき、次男から次のような提案を持ちかけられました。
「兄は医者として何不自由ない暮らしをしている。また、医者になるため多額の学費もだしてもらっていた。一方で私には何も財産がない。なので賃貸マンションを私に相続させると遺言を書いてほしい」
普段から長男を好ましく思ってない中村さんは次男を不憫に思い、その提案を受け入れ、賃貸マンション部分を分筆し遺言に記すことにしました。
これで相続対策は終わりかな?と安心していた矢先、次男からさらなる相談を受けました。
「遺言を書いてもらったのだけど、兄の遺留分を侵害しているみたいで…」
「兄には法定相続分の2分の1のさらに2分の1を相続する権利があって、お父さんの遺言ではその権利部分を侵害しているようなんだよ」
中村さんは「それは法律なのだから仕方がないじゃない」と次男をなだめましたが、聞き入れてもらえません。
それどころか次男は思いがけない提案をしてきたのです。
「私の子供全員をお父さんの養子にしてくれませんか?」
「はぁぁぁぁぁ?」
次男は自分の子供2人を父親の養子にする事で、兄の法定相続分を2分の1から4分の1に減少させると同時に、遺留分の権利も4分の1から8分の1へ減少させることを提案したのです。
中村さんは熟慮のうえ、長男に対して中村さんの自宅と長男の自宅を相続させるという遺言を書くと共に、次男の養子提案を受け入れました。
数年後、中村さんに相続が発生しました。
長男と長男の家族は驚愕の事実を知ることになりました。長男は法律的に何も抗弁できずに泣き寝入りです。一方で次男は満面のドヤ顔です。
では、次男の妻と子供たちはどうなったのでしょうか。
隣同士で暮らしているので長男家族とは毎日顔を合わせます。次男の妻は長男の妻の顔をまともに見ることができなくなりました。次男の子供たちは自分の父親に利用されたことにショックを受け、長男の家族に対して罪悪感を背負うことになりました。
相続対策に成功した次男はよくても、次男の家族にとって幸せな生活は一転し、地獄のような毎日を過ごす羽目になりました。
まとめ
では、どのようにすればよかったのでしょうか?
中村さんがご自分の意思で遺言を書くことは何も問題ありません。ただ、長男の遺留分まで侵害したことが争いの種となったのです。
賃貸マンションの一部を長男に遺すことや、次男が受取人の保険に入り長男に代償金を払うなど、長男の遺留分を侵害しない気配りは必要でした。また、遺留分の権利を妨害するため自分の子供まで養子縁組する必要はなかったのではないでしょうか。
兄弟間の争いは兄弟の間でのみ完結させるべきであり、罪のない子供達まで巻き込んだのは権利の濫用であったと思います。
次男にとって成功だった相続対策が、一方で家族に不幸をもたらしました。
遺言対策は死後対策です。
その成功のカギは、自分の死後に遺された家族が幸せになっていることを思い描けるかどうかなのです。
相続対策を経済合理性で行ったとき、そのほとんどは争族になります。
最優先すべきはお金ではなく、遺された家族の幸せにおいたとき、まったく別の対策があることを念頭においてみてはいかがでしょうか。