一般 or 特例…2028年以降、制度の行方が不明確
◆事業承継税制の現状
平成30年の税制改正において、事業承継税制の改正が目玉となった。その制度の内容について詳しくは触れないが、要するに、自社株式に対する贈与税や相続税がゼロになる「可能性がある」制度である。本記事では、事業承継税制の現状についてお伝えしたい。
税理士業界を見渡すと、適用を真剣に検討する税理士は「ぼちぼち」増えてきている状況にある。裏を返せば、一見「バラ色」に見える制度であるにもかかわらず、そこまで広まっていないのが現実である。それは、制度への理解が進むにつれ、デメリットも明らかになってきているからだ。
もちろん、以前までのデメリットは改正により大幅に緩和されている。たとえば改正前、事業承継後5年間で平均8割の雇用を維持できなければ、納税猶予が取り消されることになっていた。しかし改正により、理由の報告と認定支援機関の指導があれば、納税猶予の取消はなくなり、実質的に骨抜きにされた。ただ、改正前から依然として残るデメリットがあるうえに、改正後ならではのデメリットも新たに生じているのである。
◆事業承継税制のデメリット
事業承継税制の適用には大きなメリットがあるのは事実であるが、以下のデメリットも勘案して慎重に検討してほしい。
①期間経過後の制度が不透明
「改正」事業承継税制という表現は、実は正確ではない。なぜなら、2018年1月から2027年12月までの時限立法であるからだ。つまり、この期間は、従前の事業承継税制(一般事業承継税制)と、いわゆる改正事業承継税制(特例事業承継税制)が併存することになっている。前の一般事業承継税制が廃止されたわけではない。
今のところ、2028年以降は特例事業承継税制の新規適用が不可能となり、一般事業承継税制に戻ることになっている。とはいえ、政治判断次第では、特例事業承継税制が継続するかもしれない。
またもしくは、10年もの長期期間に、特例事業承継税制より有利な制度ができるかもしれない。実際、すでに一般事業承継税制を適用している場合には、これから特例事業承継税制を適用することができない。しかし、将来のことは誰にもわからない。
②株式贈与の時期が限定される
特例事業承継税制を適用するためには、ざっくりいうと、2023年3月末までに特例承継計画を提出し、2027年12月末までに株式を贈与または相続する必要がある(この適用期間はそれぞれの個別事例によって異なる。細かく説明するとそれだけで1つの記事になってしまうため割愛)。
つまりは、今後10年間で、後継者に株式を譲渡する必要がある。しかし、後継者が必ずしもその期間に経営者たる能力を身につけるとは限らない。後継者に経営者としての素質が不足していた場合でも、特例事業承継税制を適用し、納税猶予のために株式を譲渡した後では、取り戻すことは難しいだろう。
もちろん、現経営者がなかなか後継者に地位を譲らないという現状に憂慮して、事業承継を後押しするためにできた特例制度ではある。しかし、安直に株式を後継者に譲渡するのも、それはそれで問題がある。
③事業承継税制と相続は別問題
事業承継税制で、自社株式の贈与税や相続税は猶予されるかもしれない。しかし、それは自社株式の財産価値がなくなることを意味するのではなく、自社株式も遺産相続の対象になるということだ。
生前に贈与した場合にも、「特別受益」にあたり、他の相続人から遺留分の減殺請求を起こされる可能性がある。被相続人の有する財産の大部分が自社株式であった際、後継者に株式を集約させるためには、他の相続人になんらかの財産を工面しなければならない。工面できなければ、自社株式を分割して相続せざるをえない。
税制の面では、後継者に株式を集約しやすくはなっていても、相続の面でとん挫する可能性もある。
毎年の手続きを怠ると「納税猶予」取消のリスクも…
④煩雑かつ長期にわたる手続き
特例事業承継税制は、申請書や特例承継計画の提出後も、数多くの手続きがある。たとえば、相続や贈与の発生時の申告書、申告後5年間連続で提出する報告書、申告してから5年以降は3年ごとの届出書など。
このような手続きがひとつでも欠けると、納税猶予は取り消され、利子税を加えて支払う必要が生じる。また、後継者が筆頭株主ではなくなった場合などにも、納税猶予が取り消されるため、このような取消事由に該当しないように随時チェックする必要がある。
しかも、相続税の納税猶予額は多額になる(そもそも、少額であれば事業承継税制を使うメリットは少ないのでやめたほうがよい)ので、そのプレッシャーたるや半端なものではない。
税理士も、責務に見合うだけの報酬をいただけなければ安直にお引き受けできない。「いつもの税務顧問報酬に含めてやっておいて」などというのでは対応いたしかねるのである。
また、事業承継税制は相続が絡むため、顧客と税理士が10年、30年、50年と付き合わなければならない制度である。50年もの長期にわたれば、通常の単発の税務業務よりもボロが生じやすく、リスクも高い。また、50年といわずとも、10年後には現役でいるのかもわからないご年配の税理士も多いのではなかろうか。
⑤前例がない
事業承継税制の制度自体については、まだまだ税務当局側の解釈が定まっているとはいえず、税務訴訟の判例も出揃っていない。もちろん、「租税特別措置法」の条文はあるが、一筋縄ではいかないのが税務実務である。
前例があれば、「地雷」を踏まないように気をつければよい。しかし現状では、どこに地雷が埋まっているのかわからない。
これがベンチャー企業であれば、「リスクなくしてリターンなし!」と突き進むことができるのであろうが、士業は資格を失うことへのリスク回避のため、どうしても保守的にならざるを得ない。「前例を押さえていない」というミスについて責任を取ることはやむをえないが、想定外の新たな解釈を持ち出されて、「脱税」や「注意義務違反」の誹りを受けたくないというのが本音である。
誰かが前例を作ってくれるまで、税理士業界は様子見なのである。事業承継税制は、柔軟で前向きな税理士を選んで相談する必要がある。
貝井 英則
貝井経営会計事務所 代表