「おじいちゃんは、社長を辞めちゃうんだよ」
ぼくは、お正月が大好きだ。
だって、お正月には、しんせきがいっぱい集まるからだ。
いとこのかずくんや、たかしくんに会えるのは、お正月だけだ。
ことしも去年と同じように、おじいちゃんの家に20人以上集まった。
みんなと遊べてすごく楽しい。
お年玉もたくさんもらった。
おせち料理は正直、あまり好きではないけど、栗きんとんは大好きだ。
こたつに入ってかずくんとゲームをしていると、おじいちゃんが外から帰ってきた。
「おやおや、ゲームかい。楽しそうだね。翔くんのお父さんは、お正月にはすごろくをしていたものだが、時代は変わるものだね」
「すごろく?」
ぼくには「すごろく」の意味がよくわからなかった。
「翔くんも大きくなったね。4月には小学生だね」
「うん。もう、ランドセルも買ったよ」
「そうかい、それはよかったね。がんばってね」
「おじいちゃんも『しゃちょう』がんばってね」
ぼくのおじいちゃんは「しゃちょう」なのだ。
しゃちょうというのは、会社でいちばんえらいすごいひとなのだ。
おじいちゃんの家の1階は工場で、きかいがいっぱい並んでいる。
工場では、おじいちゃんは「ぶひん」を作っていて、とってもカッコよかった。
ぶひんがいっぱい集まると、車になるとおじいちゃんはいっていた。
こんな小さいものが、どうやって、あんな大きな車になるのか、ぼくにはよくわからない。
おじいちゃんは工場に遊びに行くたびに、ぶひんのつくり方について話してくれた。
難しくてよくわからなかったけど、おじいちゃんがぶひんが大好きなのは、ぼくにもわかった。
ぼくも、大きくなったらおじいちゃんみたいなしゃちょうになりたい。
「翔くん、おじいちゃんは社長を辞めちゃうんだよ」
「え? なんで?」
「おじいちゃんももう歳だ。もう、体がついてこないんだよ」
「ふーん。じゃあ、つぎのしゃちょうはだれなの?」
「つぎの社長はいないから、もう会社もやめちゃうんだよ」
「え? 会社なくなっちゃうの? 工場もなくなっちゃうの?」
「残念だけど、仕方ないんだよ」
「じゃあ、ぼくがしゃちょうになるよ!」
「それはありがたいねえ。でも、翔くんはまだ小さいねえ」
「じゃあ、パパがしゃちょうになればいいじゃん。ねぇ、パパ!」
ぼくのパパは「さらりーまん」だ。
ぎんこうという会社のさらりーまんで、朝に家から出かけて、夜に帰ってくる。
パパが、会社でなにをしているのかは、ぼくにはわからない。
でも、さらりーまんよりも、しゃちょうのほうがぜったいかっこいいのだ。
「まー、それは、あれだ・・・子供の翔には、わからないんだよ」
「仕方ないんだよ、翔くん。うちみたいな小さな会社を継いでくれる人はいないんだよ。お父さんも今の会社にいたほうが安定しているしね」
「あんてい?」
ぼくには「あんてい」の意味がよくわからなかった。
「もったいないよ。おじいちゃんのかいしゃがなくなっちゃうの」
「仕方ないんだよ、翔くん・・・」
おじいちゃんは悲しそうだった。
「大変なのはわかっていますが、やりたいんです!」
「なんで、早くいってくれなかったんですか!?」
「どうしたんだ? 道弘くん?」
みちひろおじちゃんは、おばあちゃんのお兄ちゃんの子供だ。
お正月には、いつも、ぼくと遊んでくれる。
「おじさんの会社、僕に引き継がせてもらえませんか?」
「道弘くん、いきなり、どうしたんだね?」
「私も、子供のころからおじさんの会社を見てきました。ぜひ、引き継がせてください。」
「しかし、いまの仕事があるじゃないか」
「竹芝電機の将来は明るくありません。なにより、私ももう50歳になりました。早期退職の制度も始まっています。第二の人生をおじさんの会社を引き継ぐことに賭けてみたいんです!」
「しかしだな。そんないきなり・・・」
「大変なのはわかっています。でも、やりたいんです!」
「そ、そ、そうか。わかった」
おじいちゃんは、泣いていた。
4月になって、ぼくは小学校に入学した。
おじいちゃんの工場に遊びに行くと、おじいちゃんとみちひろおじちゃんがいた。
「道弘くん、そんなんじゃ、うちの会社を任せられないぞ!」
「すいません! 会長!」
おじいちゃんは、しゃちょうをやめて「かいちょう」になったみたいです。
おじいちゃんはどなっていたけど、なんだかうれしそうだった。
貝井 英則
貝井経営会計事務所 代表