「遺言書」の効力は非常に強いが…
ある人が死去したならば、その遺産は相続人のものとなる。そしてその取得割合は民法が定めた法定相続分に従う・・・。多くの人が認識している「相続の決まりごと」といえば、おおよそこんなイメージではないでしょうか。
しかし、これはあくまで遺言がない場合の話であり、遺言書があるなら、相続人をはじめとする関係者は遺言書に従う必要があります。
このような強い効力を有する遺言書ですが、遺言をしようと思っている人にとって最も気がかりなのは、遺言の内容がそのとおり実現できるのかということでしょう。
ここでは遺言内容を確実に実行してもらうための方策について考えてみます。
お勧めは公正証書遺言、遺留分を認識しつつ検討を
①遺言書は「公正証書」で作成
遺言は遺言者の死後に効力が生じるものであり、相続人に大きな影響を与えるものですから、厳格な方式によることとされています。その方式の中では主に自筆証書によるか公正証書によるかという選択があります。
自筆証書遺言は費用もかからず、簡便で、いつでも作成できるという利点がありますが、自分自身で書き上げなければならず、日付や押印を欠けば無効ですし、遺言の意味内容ばかりか、当該遺言書自体が真に本人が書いたものか否か争いになる場合も少なくありません。
それに対し公正証書遺言は、公証役場という公の機関で裁判官や検察官などの経歴をもった公証人が作成するものです。これによって、方式上の不備や不明瞭な遺言内容を防ぎ、原本は公証役場に保管されるので、滅失や改竄のおそれもありません。その上、遺言者の死去後相続人全員を裁判所に呼び出して遺言書を確認する「検認」という手続が、自筆証書遺言では必要であるのに対し、公正証書遺言では不要です。
手続・費用を要するものの、安全・確実に遺言内容が実現できる公正証書遺言によるべきでしょう。
②遺留分を意識しつつ遺言内容を検討
遺留分は兄弟姉妹以外の法定相続人に認められている、相続財産に対する一定割合の権利であって、遺言によってもこれを奪うことはできません。その遺留分割合は、配偶者や子はそれぞれの法定相続分の2分の1とされています。この遺留分を侵害する遺言書であると、遺留分権利者から遺産を取得した相続人等に対し、遺留分減殺請求がなされ、遺産分けの争いとなってしまいます。
ただし、この紛争をどう回避するかは検討を要します。通常考えられるのは、きちんと各相続人に最低限遺留分相当額の財産を分け与えることでしょう。しかし、遺留分を考慮して個々の財産の取得者を定めたとしても、各財産には変動があり、また不動産は価額自体が争われるので、遺留分減殺請求を完全に回避できるわけではありません。そこで、遺留分減殺請求がされることを想定して、ただその請求対象財産はまず預貯金、それでも満たない場合は有価証券などというように順位をつけるという遺言も可能ですので、その方途は検討に値します。
更に事案によってはあえて遺留分すら与えない内容の遺言を作るというのも1つの方法です(理由は後述)。
「遺言執行者」は弁護士等の専門家を指定
③遺言執行者を指定
遺言内容の実現を任務とする遺言執行者には、未成年や破産者であるといった欠格事由がないかぎり誰でも指定できます。しかし、各財産の種類によって名義移転手続も異なるので、できるだけ弁護士などの専門家を指定すべきでしょう。
とりわけ遺産を法定相続人以外の者に取得させるという内容の遺言書である場合、遺言執行者がいないときは、法定相続人全員がその名を連ねて当該遺言執行の義務を負います。ただ法定相続分相当の遺産取得を期待していた法定相続人が、相続人でない第三者に名義を移転することに躊躇し、あるいはそれを拒絶するという事態も予想されます。遺言執行者が存在する場合は、法定相続人の意思と関係なく、遺言執行者のみの行為によって遺言内容が履践されるのです。
④付言事項の重要性を認識
遺言書は、そこに記載されている内容のすべてが法的効力を持つというわけではなく、一定の遺言事項のみ効力を有するものと定められています。
しかし、だからといって遺言事項以外のことは書いても無駄だ、ということではありません。例えば、葬儀の方法などは遺言事項ではないものの、記してあればその意思は尊重され、その通りの葬儀が実現する可能性は高いでしょう。同様に、遺言者の遺言を作成した際の想いなどをしたためたものは「付言事項」ともいわれますが、この記述は存外重要なものです。
例えば、上述した法定相続人の遺留分を侵害する内容の遺言を作ったとします。この場合、遺留分権利者から遺留分減殺の請求がなされることが多いとはいえましょうが、この付言事項をしっかり書くことによって、その減殺請求がなされなくなったり、あるいはなされたとしてもその紛争が早期に解決される傾向があるといえます。
子のうち1人だけ、取得できる遺産が少ないという遺言の場合、その理由や想いを記しておくのです。生前十分に財産を譲渡したこと、場合によっては、いつ、どの位の財産をやったのか具体的に記しておくと、それは同時に遺留分減殺請求が法的にも認められないという算定の根拠ともなりうるのです。
以上、付言事項の大切さも意識して、より実効性を高める遺言書を作り上げていってはいかがでしょうか。
野辺 博
野辺法律事務所 所長
弁護士