政策的な「税制優遇措置」は最大限受けるべきだが…
巷には多くの節税本が出回っています。「あれもこれも経費で落とせる」といった類など様々です。
「100万円節税すると、粗利率20%の企業であれば売上500万円に相当する」このような説明を見ると、節税することが最大の正義であるかのように感じてしまうのも無理はありません。
もちろん、投資促進税制(注1)や所得拡大税制(注2)など、政策的に進められている税制優遇措置は最大限受けるべきです。
(注1)一定規模の設備投資に対して、特別償却(通常の減価償却費とは別に、一定率あるいは取得費全額を償却)または税額控除(設備の購入額の一定パーセントを法人税から差し引く)を認める制度
(注2)基準の年度と比べて、従業員に対して支払った給与が増えている場合に、増えた額の一定パーセントを法人税から差し引く制度
問題は「家事費」に近い経費です。確かに、家用に買ったパソコンも仕事にまったく使わないことはないでしょうし、仕事のためと言えば、家の水道光熱費やら通信費も経費であるという理屈をつけられないことはありません。あるいは、友達と行ったゴルフや会食だって仕事につながる可能性も小さくないでしょう。
さらに言うと、家族だって会社の利益にまったく貢献していないこともないでしょうから、給料を支払うこともおかしくないかもしれません。また、税法では一定の基準を満たせば、安い家賃で社宅に住むことも可能です。
しかし、企業の最大の利益要素は何でしょうか? 言うまでもなく「人材」です。
社員1人ひとりの心がけや創意工夫、あるいはお客様との信頼関係もそうですし、会社に対するロイヤリティが利益につながります。これらを上げるのは一朝一夕というわけにいきません。逆に、上げるのは難しく、下げるのは簡単です。
これらが上がっても利益に直結するとは限りませんが、少なくともこれが損なわれることで、利益は減ります。自分たちの頑張った成果が、社長個人の経費に回っていると分かって頑張れる社員がいるでしょうか? 社長1人でやっている、あるいは従業員が家族しかいない、そんな会社であれば、従業員のモチベーションを気にする必要もないので、最大限に税額の小さくなるような税法の解釈・運用をしても利益が低下することはないでしょう。
しかし、それ以外の会社、つまり世の中のほとんどの会社であれば大いに気にすべきところなのです。
社員さんは見ていますよ! こっそりやっているつもり、あるいは、理屈をつけて自分なりに納得しているつもりでも、社員さんは見ています。
「これは業務に関係ある!」
税務署あるいは税理士が認めてくれたとしても、社員さんはそれを理解してくれるでしょうか? いいえ、社長に対する成績表にペケを付けています。
3万円の社長個人の支払いは「300万円の損失」に⁉
実は、役員報酬をたくさん支払うことで税金が高くなることなど、瑣末な問題です。少々節税できるよりも、失うものの方が多いと考えます。
先ほどのような「○○は経費で落とせると聞いたけど・・・」と、個人の支払いを経費にできないかという相談を受けたとき、私が社長に言うのは「経費にできる部分もあるでしょうが、経費にしたその分だけ、全従業員のモチベーションが下がりますけれど良いですか?」です。
社長の姿勢は、自然と社員に伝わったり、個人の支払いを経費にしていたらなぜか漏れていたりしているものです。
「3万円社長個人の支払いを経費にするとして、従業員が10人いたら10倍の30万円分従業員のモチベーションが、100人いたら300万円分下がりますよ。それに比べて節税できる額は極わずかです。それでも良ければ、経費にしましょう」
私はそうお伝えしています。
売上をもたらしてくれる大事な従業員のやる気を奪い、生産性を落としてまで行わなければならない節税が、果たしてあるでしょうか? 断言します。そんなよこしまな脱税や節税では、お金は貯まりません。
その分を利益に回して安い金利で大きな資金を引き出して設備投資をしたらどうでしょうか? ライバルとの差別化を図ると同時に、大きな節税を図ることができます。さらに、節税で浮いた手元資金は、さらなる投資の可能性を広げます。
節税の基準も後述するように、「成長のための投資」につながる費用から生まれるものであるかどうかに置くべきなのです。
繰り返しになりますが、節税の目的は「利益の確保」にあったはずです。目先の節税に惑わされて、大きな目的を見失わないように気を付けなければなりません。
お金に強い社長の裏ルール
「その支払いは新たなお金を生むか?」で考える
松波 竜太
税理士 さいたま新都心税理士法人 代表社員