「要望書」を作成して、トータルの予算を伝える
建て主の要望は、口頭で伝えるよりも要望書を作成したほうが確実です。要望書に一定の書式はなく、前置きも言い訳も必要ありません。手書きでもパソコンを使っても構いません。必要な項目を箇条書きにして先方の担当者に渡すだけです。
その内容に、地震に強い家とか、丈夫で長持ちする家とか、建築業者が当然そうするべきことを書く必要はありません。日当たりや風通しのよい家、夏涼しく冬暖かい家など、全ての建て主に共通する要望も不要です。
高断熱・高気密住宅は、結露やカビが発生しないのが当たり前なので、これも要望書に書く必要はありません。前述の当たり前のことばかり書いてある要望書は設計者を困らせます。そのような建て主に限って、本当に必要なことを書いていないからです。
本当に書いてほしいこと。そのひとつがまずは予算です。予算には限りがあり、何でも自由につくるわけにはいきません。予算額を明記するのはとても重要です。トータル予算をしっかり示して、これだけの予算でこんな家を建てたいと要望するのです。
建て主の中には、思いついた設備をあれもこれもと要望書に盛り込む人もいます。その設備を本当に求めているのか、単なる思いつきなのか、要望書を渡された建築会社の担当者は判断に悩みます。そこで、全てを実現した場合の費用を提示するのですが、間違いなく当初の予算をオーバーします。
そこから太陽光発電設備、地下室、エレベーターは本当に必要かどうかなどとヒアリングして、いらないものを削ります。太陽光発電設備が欲しいと要望書に記した建て主のほとんどは、この段階で要望を取り下げます。本気で太陽光発電を求めてはいないからです。これでは時間を浪費しているに過ぎません。
要望事項には「優先順位」をつけておく
こうした無駄を避けるために、要望事項に優先順位をつけることをお勧めします。「必要性の高いもの」「できれば欲しいもの」「なくても我慢できるもの」に分類し、必要性の高いものから順に優先順位をつけるのです。
部屋数はもっとも優先順位が高い要望です。限られた敷地の中で必要な部屋数を確保することは何よりも大切だからです。部屋数が足りなければ屋根裏部屋も必要になります。予算に余裕があれば地下室も快適な空間になります。
主観的な表現では、何も伝えていないのと同じ
部屋の大きさは、畳数でも平米でも使いやすいほうを選びます。その際に重要なのは、この部屋は最低でも10畳欲しいといった表現をすること。「広めに」といった表現は何も伝えていないのと同じです。主寝室は10畳あるのが理想だけど、他の部屋との兼ね合いがある場合は8畳でも許容範囲といった情報をきちんと伝えます。
居住性に関する要望は優先順位が高いものばかりです。暖房設備は家が完成してから考えればよいという建築業者もいます。また、床暖房など必要ないと本気で考えている建築業者もいます。このため、暖房方式や暖房器具は建て主の希望で選ぶことが大切です。床暖房の家に住みたければ、床暖房の家が欲しいと要望書に記入します。
部分的な床暖房では満足できないのであれば、家全体を蓄熱式床暖房にしたいと書きましょう。
建て主と建築士の「イメージ・価値観の齟齬」をなくす
なぜこうした要望書が必要なのかというと、建て主の家に対するイメージや価値観などについて、建築士には知る手段がまったくないからです。そういうと建て主の中には「あなた方は建築のプロなんでしょう」と反論する人がいます。
しかし、6畳の部屋を広いという人もいれば、20畳あっても「狭い」と感じる人もいます。収納設備はたくさん欲しいというとき、どこから「たくさん」になるのでしょう。建て主には、こうしたイメージや価値観を具体的な数字で設計者に伝える役割があります。
現在住んでいる自宅の間取りがあれば、必ず持参しましょう。何もそれを参考に似たような間取りにする、ということではありません。
「今の浴室よりも大きくしたい」「納戸は今と同じぐらいの大きさが欲しい」「キッチンが暗いので今と違う位置に配置したい」などと、間取りの満足・不満を表す尺度となり、建築士と建て主との共通の基準として利用できるからです。
紙1枚の要望書が、家の居住性・快適性を大きく左右することがあります。何を優先するのかを家族で相談し、まとめ上げていくのも楽しい作業です。
兼坂 成一
株式会社ウェルダン 代表取締役社長
一級建築士