最も強力な危険因子「ApoE4(アポイーフォー)」
また本書が未来の分かれ目となる、非常に特殊な、第2のグループがいる。
それは、ApoE4(アポイーフォー)と呼ばれる遺伝子多型(対立遺伝子:アレル)を持つ人々だ(ApoEはアポリポタンパクEの短縮形。アポリポタンパクは脂質、例えば脂肪を運ぶタンパク質)。
ApoE4は、最も強力なアルツハイマー病の遺伝的危険因子として知られ、その保有者は、やがて自分に訪れると聞かされてきた悲惨な末路と、健やかで喜びに満ちた未来の分岐点に立っている。
ApoE4をひとつ保有している(つまり、片方の親から受け継いだ)場合は、アルツハイマー病にかかる生涯リスクは30%に上昇し、2つ保有していれば(つまり、両方の親から複製した遺伝子を受け継いだ人では)、優に50%以上になる(論文により50〜90%と諸説ある)。
これに対し、このアレルがひとつもない人のリスクは、わずか9%である。そしてApoE4を持つ大部分の人は、DNAに潜むこの時限爆弾について何も知らない。通常は、アルツハイマー病が発病して遺伝子検査を受け、初めて知ることになる。それは確かに仕方のないことだ。アルツハイマー病に予防法や治療法がない限り、たいていの人は、ApoEの状況を知りたいとは思わないだろう。
事実、ノーベル賞受賞者のジェームズ・ワトソン博士(DNA二重らせん構造の共同発見者)が、2007年に自身のゲノム配列を解析しているが、ApoE4を保有しているかどうかは聞きたくないと語っている。何も打つ手がないのに、なぜ衝撃的な知らせに身をさらさねばならないというのか、と。
しかし、今やApoE4の保有者ですら、アルツハイマー病のリスクを減らすプログラムがあるのだ。
もっと多くの人が遺伝子検査を行ってApoEの状況を判定し、症状が出るずっと以前から予防プログラムを始めていれば、認知症の有病率を劇的に減らす可能性がある。
私の切なる願いはまさにこれが起きることであり、本書で、特にApoE4保有者の方々には、状況は絶望的ではないと知っていただきたい。ApoE4を保有していたとしてもアルツハイマー病の予防対策を講じて、低下した認知機能を回復できるのだ。
「40歳を超えた人々」にも認知機能の低下の可能性が…
さらに本書で人生が変わると思う、おそらくあまり知られていないグループがいる。
40歳を超えたすべての人たちだ。
歳を重ねるにつれ最も心配になるのは、認識能力を失うことだ(そう、脳の老化についていえば、下り坂はだいたい40歳から始まる)。
愛する人からの手紙を読んで、理解すること。映画を観たり、本を読み、筋書をたどること。身の回りの出来事を認識し、世界の中で自分の居場所を意識すること。他人に頼って食事や着替えを行い、移動させてもらったり風呂に入れてもらうといった、単なる原形質の塊にはならず、日常の基本的な生活機能を果たせること。人生の出来事と、それにかかわる大切な人々を記憶にとどめること。こうした、私たちを人間として定義するものを失えば、意味のある人生を生きるという、人間としてのアイデンティティーそのものが消えてなくなってしまう。
そのようなことが将来に潜んでいるかもしれない、と強く意識している方全員にお知らせしよう。息を大きく吸って、実感してほしい。
認知機能の低下は、少なくともほとんどの人が対処できる。早い段階にいる人はなおさらだ。幸運なことに、私たちは人間らしさをこれっぽっちも失わずにすむ。これまでに何を聞かされていたとしても、アルツハイマー病は絶望的でも回復不可能でもない。その逆だ。初めて、アルツハイマー病が希望と一体になったのだ。
理由は、ある根本的な発見にある。
アルツハイマー病は、脳で行われるはずのないことが起きている結果ではない。細胞の増殖が制御不能になってがんが生じたり、アテローム性のプラークが血管に詰まって心臓病が起こるといったこととは違うのだ。アルツハイマー病は、脳の拡張シナプスネットワークに本来備わっている健全な退縮プログラムから生じる。しかし、このプログラムは暴れまわっているような状態だ。
1940年のクラシック映画『ファンタジア』の『魔法使いの弟子』の部分で、ミッキーマウスが箒(ほうき)に魔法をかけて、水の入ったバケツを運ばせようとすると、やがて箒(ほうき)が暴れまわる事態になる。これと同じように、アルツハイマー病では、箒(ほうき)ではないが、正常な脳の清掃プロセスがおかしくなっているのだ。