前回は、譲受企業が「新規事業」としてM&Aを活用する際の留意点を取り上げました。今回は、障害者支援事業で「戦略・ビジョン実現型のM&A」を実施した事例を紹介します。

成人障害者の就労支援を行う「A型事務所」は増加傾向

前回は譲受側企業がM&Aを活用し、どのように新規事業を展開していくべきかについて説明をしてきました。

 

今回は、これまでの第1〜4回目までを振り返るために、障害者支援事業で戦略・ビジョン実現型のM&Aを実施した企業の事例を見ていくことにしましょう。

 

東京および神奈川エリアにて、障害者就労支援事業を展開しているW社の事例を紹介しましょう。

 

W社は「A型事業所」と言われる、成人障害者を労働者かつ施設利用者として就労支援を行っている事業を展開している企業です。このA型事業所の就労者は5.5万人と言われていますが、潜在的には10倍以上の市場規模があると言われており、A型事業所は増加傾向にあります。

 

業界自体は2012年に民間に解放されたばかりで、伸び盛りの業界と言えます。この市場の類似市場として、障害者児童に教育サービスを提供する「児童発達支援」と呼ばれる市場があり、こちらではLITALICO社が東証一部上場を果たしています。

 

W社はその中でも2012年に民間企業に法改正から市場に参入している、業界でも老舗の企業です。自社での店舗展開に加え、フランチャイズ形式でも店舗を拡大しており、グループ全体では20店舗以上、売上5億円を超える規模を誇っています。

 

W社のZ社長は30代の若手経営者で、高校を卒業してから会社の経営を始め、腕っぷし1本でビジネスをしてきた叩き上げの経営者です。筆者に相談をされてきたときには、他にもIT系の企業や不動産系のビジネスを運営されていました。

 

Z社長がこのW社の譲渡を相談しに来られた理由は、大きく2つでした。1つ目は、自社では人材採用や店舗運営のノウハウが足りず、これから全国のお客様にサービスを展開していくには、課題が多すぎることでした。利用者のために仕事を確保する営業活動もZ社長がメインで行っており、なかなかスピーディーには売上が拡大できずに2年ほど苦労されていました。

 

2つ目は資金面の課題です。Z社長は別に2つの事業を展開されており、そちらでも個人保証をしているため、W社を今後全国展開していくために資金を借入ていこうとしても、借入余力に限界を抱えていました。このビジネスモデルでは、ベンチャーキャピタルも投資してくれる会社がなく、当社にM&Aのご相談に来られたのです。

事業のビジョンと思いを「共感」できるか?

そこで私がM&Aの譲受先に選択をしたのが、介護関連の会社と教育系の会社です。W社では障害者の高齢者向けの介護事業も新たにスタートしており、介護系の会社に興味を持ってもらえると考えました。

 

また、少子高齢化によって教育系の企業も、子供向けの教育だけでは売上がジリ貧になっていくことが目に見えているため、積極的に新規事業を探しています。その新規事業として障害者支援関連の事業は、店舗運営のノウハウと若手人材の供給ができる点でW社の課題を解決できると考えたのです。

 

結果的に、大手教育系のK社と介護系のM社とトップ面談を実施しました。譲渡価格は介護系企業の方が高かったのですが、今後の事業成長とビジョンの実現を踏まえた結果、より障害者支援事業へのビジョンと思いを共感してもらえた大手の教育系K社へのM&Aを決意しました。

 

譲渡価格については、「時価純資産方式」「EBITDAマルチプル方式」「簡易DCF方式」の3手法で評価し、最終的に今後の成長性を踏まえて、EBITDAマルチプル方式と簡易DCF方式の中間点で譲渡価格を設定しました。

 

その後、K社の弁護士・会計士と共にデューデリジェンス(買収監査)を2日間実施し、譲渡を数億円で実行しました。

次世代の成長と課題の解決のために有効なM&A

W社はM&A後も社名を継続しており、顧客や従業員も変更されずにいます。またZ社長は、個人保証が外れただけでなく「キーマン条項」によって2年間は社長として陣頭指揮を採ることになって意気込んでいました。

 

さらには、K社の若手の経営企画のメンバーが出向し、会社の財務面や組織の仕組み化に着手し、これまで課題だった採用や店舗運営のノウハウ化も進んでいます。

 

この事例のように、戦略・ビジョン実現型のM&Aは両社のWIN-WINが実現しているだけでなく、お互いの次世代の成長と課題解決のために、M&Aが有効な手法であったことがお分かりいただけたかと思います。第4回に登場した「DCF法」での評価および、「キーマン条項」を活用していた事例であることもあり、この点を復習されたい方は、第4回をご一読いただくことをお薦めします。

 

次回は、ベンチャー企業を買収する場合に近年活用が進んでいる「アーンアウト条項」を見ていきます。

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