中程度の認知症なら「無効」になる場合が多い
前回の続きです。
(3)意思能力と認知症の関係をどう理解すべきか
さて2つ目の留意点として、「意思能力と認知症の関係をどう判断すべきか」ということがあります。これについては、いろいろな判例が最近出つつあります。皆さんも判例を調べていただきたいと思います。私なりに判例を分析した結論をお話ししておきます。
意見書の中では代表的な判例を引用しながら、判例の意思能力に関する判断基準を書きました。これは、あくまで私の現在の考えている内容です。私は医者ではありませんので、私は現在こう思っているというだけのことを書いてあります。具体的にお話しします。
近年、認知症の患者が増加し、認知症の患者のなした贈与や遺言や養子縁組の効力が問題となり、裁判例も増加しています。判例においては、通常の法律行為よりもずっと低い意思能力で十分とされている遺言能力や養子縁組など身分行為に関する意思能力について、「中程度まで進行した認知症」であれば、「意思能力を欠くもの」として無効と判断されるものが多いのが現状です。こういう裁判例を示す資料を数件、更正の請求書に添付して出しました。
その中には、公証人の前で、しかも2人の証人が見守りながら口述されているなかで作成されている公正証書遺言の無効と判断するものも散見されています。つまり、一見すると自分の考えを口述しているように見えても、それは何もわからぬまま周囲の人の考えに迎合しているに過ぎない可能性があるからです。ですから、アルツハイマー型認知症に罹患した患者の行為能力、意思能力の有無の判断を正確に判定するためには、長期的に患者を診察している医師により、どの程度の段階まで進行しているかについての具体的な診断を求める手続が欠かせないのです。
認知症患者の意思能力の判断には「診断書」が不可欠
(4)アルツハイマー型認知症は、中程度の進行で意思能力なしと考える
患者を診断していた医師によって、アルツハイマー型認知症が「中程度まで進行」していると診断された場合には、このような状況下でなされた認知症患者の法律行為は無効と判断される可能性が高いと考えています。これが私の今の考え方です。
アルツハイマー型認知症は、大体、発病して初期から重度(高度)に至るまでに10年ぐらいはかかると言われています。初期で何年、中期で何年、重度で何年という統計的なデータがあるようですが、この人の場合には「高度(重度)であった」という診断が出ています。そうすると、まず意思能力はないと考えてもよいと思います。私が調べた判例の中では、「中程度の認知症で意思能力なし」という裁判例がかなりあるからです。
ただし、「初期の段階だったらどうか」、おそらくケース・バイ・ケースとして、法律行為の種類に応じて一律に判断することは困難だろうと思います。これからもっと判例が出てくるだろうと思います。ですから、認知症という問題が発生していると考えたら、必ず医師の診断書をもらって、対応することを考えておいてください。
ところで、認知症に関して「長谷川式スケール」という簡易の認知症の判定基準があるようです。医者でも注意深く観察していかないと認知症を見落としてしまうことがあるので、その正確な判断はかなり困難です。そのため私は認知症の疑いのある人の遺言書を作成する際には、医師の診断を求め、遺言書のほかに必ず診断書を保管するようにしておきます。その際に長谷川式スケールの判定結果を書いてもらっておくのです。そうしないと、後日、遺言能力を争われた時に対応できないからです。
今回の場合、結論的には、「アルツハイマー型認知症が高度(重度)の段階で、贈与契約をしたときには意思能力がなかった」ということで、課税手続をひっくり返したことになります。とりあえず、お姉さんは今回の処理に大変喜んでいました。
残された問題は、相続が発生した時にその処理方法を誤らないことだろうと思っています。