建築デザインは一般解から個別解へ
たくさんの選択肢が建て主の手の届く範囲に並べられ、ハウスメーカーや工務店はさらに工夫を凝らし、建て主はより優れたものを選ぶことができる、「大比較検討時代」が加速する将来像が見えてきました。
すると、ハウスメーカー、工務店、設計事務所問わず、建て主の価値観やニーズに合わせ、業務サービスを変化させ、競合他社と差別化を図り、新商品・新企画を考案し、宣伝広告を工夫します。ますます建築のデザインは多種多様化するでしょう。これは建築デザインの一般解から個別解の変化と言えます。
つまり「人々はだいたいみんなこんな感じの住宅を欲している」という一般解(みんなに求められるもの)から、「この建て主にはこういうデザインが合っている」という個別解(私たちだけのもの)を追求する産業にシフトしていくということです。ただしここで扱う多様化は、「建築や空間デザインの多様化」ではなく、「建て主の多様化」です。
もう一つ、2000年辺りを境に大きく多様化したことに、実は日本人の「お金についての考え方」があります。建物づくりの多様化を知るためにも、「お金」の現実について考えてみましょう。
二極化している30代の建て主の所得
1970~1980年代、「一億総中流(※1)」という言葉がありました。高度成長期の終盤で、ちょうど人口は1億人を突破した時期、日本人の生活水準や収入は「みな同じくらい」の中流層、という時代の空気がよく表現されています。
しかし2000年以降、私たちの実感としても、データ上でも、総中流どころか所得格差が拡大している現在、住宅の一次取得者層と言われる30代の建て主の所得も、二極化しています。総務省統計局の2007年のデータによると、30代の年収で最も多いのは300万円台です。10年前の1997年では400万円台でした。つまり日本人の平均年収は確実に下がっていることが数字で読み取れます。
同時に日本の伝統的な年功序列型の賃金体系(※2)が変化しており、能力型の体系を採用する企業が増えることで、若くても高い評価と収入を得ている人が一部で増えています。30代の最多年収が大きく減少すると同時に、実力に見合った収入を得るチャンスも増えている、つまり収入の多様化が進んでいることが推測されます。日本の「一億総中流」層は、今やかなり幅広い層に拡がっているのではないでしょうか。
(※1)一億総中流
本文でもあるように、時代の空気や意識を表現したものであり、実態として、どの所得層を中流と呼んだのかは定かではない。しかしそういう意識を生んだ背景には1960~70年代の高度成長期における「経済成長と所得の増加」「国民皆保険制度」「終身雇用」「大量生産と消費社会」等があり、日本人のお金についての考え方と切り離せない。
(※2)年功序列型の賃金体系
日本では高度成長の時代に多く採用された。年齢とともに技術や経験が豊富になり、企業業績に貢献するという考え方がベースにあり、終身雇用制度と合わせて、日本型雇用の典型的なシステムと言われた。それに対して、1990年代からは、成果主義を採用する企業も増加した。現在では、中小企業はもとより、大手企業でも年功序列体系の見直しが起きている。