長女家族が住むマンションは長女に相続する方向へ
一方、Aさん名義で、現在長女家族が暮らしているマンションについても、今後の方針を整理する必要があります。長女家族にとって、現在のマンションは生活の拠点になっています。
そこで、相続後の生活の安定を考え、原則としてこのマンションは長女に相続してもらう案を軸に検討することにしました。ただし、現在は使用貸借という形で家賃を支払わずに住んでいます。
今後も利用関係を曖昧なままにするのではなく、管理費や修繕積立金などを誰が負担するのか、将来誰が所有するのかについても、家族で共有しておく必要があります。
余裕資金ができたら「収益不動産」という選択肢も
自宅を購入しないからといって、相続対策を何もしないということではありません。
Aさんは複数の賃貸不動産を所有しており、今後も家賃収入が入ってきます。また、保有する金融商品の一部については換金も検討しています。そこで、まずは今後必要になる生活費や医療・介護費用などを見込み、十分な手元資金を残します。そのうえで余裕資金が明確になった段階で、賃貸不動産への組み替えを検討することにしました。
不動産は、現金と比べて相続税評価額を抑えられる可能性があります。さらに、賃貸物件であれば家賃収入も得られます。ただし、「相続税評価額が下がる」という理由だけで購入する物件を決めるべきではありません。
交通の利便性や賃貸需要、管理状態、修繕計画、将来的に売却できるかといった点も確認する必要があります。狭すぎる物件や管理状態の悪い物件など、相続した家族が扱いに困るような不動産を残してしまえば、かえって負担になります。
相続税評価だけでなく、家賃収入、空室リスク、維持費、将来の売却可能性、そして誰が相続するのかまで含めて判断することが大切です。
「いくらの財産か」だけでは決められない相続
Aさんは複数の不動産を所有していますが、不動産は評価額だけを見て平等に分ければいいわけではありません。たとえば、安定した家賃収入があり、管理の手間が少ない物件もあれば、現在の評価額は低くても、将来大規模修繕や建て替えが必要になる建物もあります。
同じ5,000万円の評価額だったとしても、「5,000万円の現金」と「5,000万円の不動産」では、相続した人が背負う負担は異なります。
誰がどの物件を相続し、その後誰が管理するのか。将来、大きな修繕費用が発生した場合に誰が負担するのか。そうした点まで含め、娘3人への財産の分け方を整理していくことにしました。
Aさん名義のマンションは長女への承継を基本とし、既存の賃貸不動産についても収益力や管理負担を確認します。
今後、新たに不動産を購入する場合には、その物件を将来誰に引き継ぐのかもあらかじめ想定しておくことにしました。
80代の住み替えは「節税」だけで決めない
高齢になってから住まいを購入したり、住み替えたりする場合は、相続税だけで判断するべきではありません。
少なくとも、次のような点を確認する必要があります。
②新しい住まいが現在や将来の身体状況に合っているか
③購入後も十分な生活予備資金が残るか
④管理費や修繕積立金などを継続して負担できるか
⑤小規模宅地等の特例を含め、実際の相続税効果を試算しているか
⑥将来、売却や賃貸がしやすい物件か
⑦誰が管理し、将来誰が相続するのかを家族で共有できているか
Aさんの場合は、こうした点を総合的に検討した結果、節税のためだけに自宅を購入するのではなく、現在の生活を維持することを優先しました。
今後は生活に必要な資金を十分に確保しながら、余裕資金が生まれた段階で収益不動産などへの組み替えを検討していきます。
相続対策は「税金を減らす競争」ではない
相続対策というと、どうしても「どうすれば相続税を減らせるか」に目が向きがちです。しかし、相続対策は税金を最小限にすることだけが目的ではありません。本人が安心して暮らし続けられること。そして、相続が発生したあと、家族が財産をめぐって困らずに済む状態をつくっておくことが大切です。
「自宅があれば小規模宅地等の特例が使える」と考える人もいますが、単に自宅を所有したり購入したりするだけでは足りません。相続開始直前に誰が住んでいたのか、誰が取得するのか、その人が制度上の要件を満たしているのかによって結論は変わります。
Aさんの場合、現在の住まいは長女の夫名義で、3人の娘にもそれぞれ住まいがあります。そのため、小規模宅地等の特例を使うことだけを目的に、新しい自宅へ住み替えることは適切ではないと判断しました。
まして80代での住み替えとなれば、家具の整理や処分、新居への引っ越しだけでも大きな負担になります。
新しいマンションの立地や設備によっては、今よりも暮らしにくくなり、生活の満足度が下がる可能性もあります。節税のための対策によって、本人がストレスを感じるようになってしまっては意味がありません。
税負担を抑えることと同時に、「本人が最後まで安心して暮らせるか」という視点を忘れないことが、高齢期の相続対策ではとても重要なのです。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
