「買ったのを忘れたわけじゃない」父が打ち明けた食生活の変化
しばらくして落ち着いた正雄さんに、美紀さんは改めて尋ねました。
「最近、ごはんはどうしてるの?」
正雄さんは少し考えてから、こう答えました。
「朝はパン。昼は適当に麺を食べて、夜は総菜を買うことが多いかな」
妻がいたころは毎日決まった時間に食卓を囲んでいましたが、一人になってからは料理をする機会が減っていたそうです。
買い物には週に2回ほど出かけるものの、売り場で何を買うか決められず、手に取りやすい食品を選ぶことが増えていました。
「豆腐も、買ったのを忘れたわけじゃないんだ。食べようと思って買うんだけど、結局、面倒になって別のものを食べるんだよ」
以前は妻が献立を考え、冷蔵庫の中身を確認していました。正雄さんも買い物を手伝っていましたが、食材を使い切ることには慣れていなかったのです。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、65歳以上の人のうち、現在住んでいる地域について「日常の買い物に不便」と回答した割合は23.9%、「医院や病院への通院に不便」は23.8%でした。
高齢期の生活では、買い物に出かけられるかどうかに加え、購入した食品を管理し、食事を用意することも日々の課題になります。
美紀さんは、父が買い物に行けなくなったのではなく、食材を計画的に使うことが負担になっていると気づきました。
「それなら、毎日ちゃんと料理しなくてもいい方法を考えようよ」
娘の提案に、正雄さんは「施設に入れとか、そういう話じゃないだろうな」と警戒したそうです。
「違うよ。お父さんがここで暮らし続けられるように、少し楽にする方法を探したいの」
2人はまず冷蔵庫を整理し、傷んだ食品を処分しました。未開封の保存食品については、期限や保管状態を一つずつ確認します。
そのうえで、買い物前に冷蔵庫の写真を撮ることや、調理の手間が少ない冷凍食品を活用することを決めました。
週に数回、地域の配食サービスを利用する案も出ています。
また、美紀さんは、父が食品の管理に困るようになった経緯をかかりつけ医に相談することにしました。
同じ食品を繰り返し買うことや食品を使い切れないことには、生活習慣の変化や意欲の低下など、さまざまな背景が考えられます。こうした様子だけで認知症と判断することはできませんが、物忘れなどほかの変化がないか確認することも必要です。
「父は何もできなくなったわけではないんです。でも、以前と同じように暮らすのが難しくなっている部分はあるんだと思います」
美紀さんは今後、月に一度は実家を訪れ、電話でも食事の様子を尋ねるつもりです。
高齢の親が一人暮らしを続けるなかでは、本人が不便を感じていても、これまでの生活を変えることに抵抗を覚える場合があります。家族が食事や買い物の状況を具体的に確かめ、本人が困っていることから少しずつ支援を取り入れていくことが、住み慣れた家での生活を続ける助けになるでしょう。
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