「私たちが元気なうちに」母が初めて決めた期限
ある日曜日、美智子さんは翔さんに尋ねました。
「これから、どうするつもりなの?」
翔さんは「仕事?」と聞き返しました。
「仕事もだけど、住むところ。ずっとここにいるつもり?」
翔さんはしばらく黙ってから、「別にずっといるつもりではないよ」と答えました。ただ、いつ出るのかは考えていませんでした。
家に3万円を入れても、一人暮らしをするより支出は少なく済みます。転職する可能性があるなら、今から部屋を借りても無駄になるかもしれない。そう考えているうちに3年が過ぎていたそうです。
美智子さんはそこで、半年後を一つの期限にしたいと伝えました。
「急に出ていけと言っているわけじゃないの。でも、お父さんも私も年を取るでしょう。私たちが元気なうちに、自分で生活できる形を作ってほしいの」
翔さんは最初、「半年で?」と戸惑いました。
美智子さんも迷いがなかったわけではありません。家を出れば家賃や光熱費がかかります。収入が安定しない時期に無理をさせて、再び生活が立ち行かなくなっても困ります。
そこで親子で、まず現在の収入と支出を確認しました。翔さんには実家へ戻ってから貯めたお金があり、家賃を抑えれば、敷金や引っ越し代など一人暮らしを始めるための費用も用意できます。
総務省『家計調査(2025年)』によると、単身世帯の1ヵ月の消費支出は平均17万3,042円。実家を出る際には、引っ越し時の費用だけでなく、その後の生活を毎月維持できるかまで考える必要があります。
翔さんは、現在の収入で毎月いくらまでなら住居費に充てられるのかを計算し、勤務先へ通いやすい地域で部屋を探し始めました。
広さや築年数など、これまで希望していた条件もいくつか見直しました。「一人暮らしを始めることを優先しよう」と考え、無理なく家賃を払い続けられる物件に絞ったといいます。
それから数ヵ月後、手頃な賃貸物件が見つかり、翔さんは実家を出ることになりました。
引っ越しの日、美智子さんは寂しさも感じたそうです。
「息子がいる3年間が嫌だったわけじゃないんです。夕飯を3人で食べるのも楽しかった。でも、私たちがずっと息子の生活を支えられるわけではありませんから」
内閣府『令和6年版高齢社会白書』では、子との同居を望む高齢者の割合が以前の調査より低下する一方、「近居」を望む割合は上昇しています。親子がどの程度の距離で暮らしたいかという希望も変化しています。
成人した子どもが実家へ戻ること自体に問題があるわけではありません。転職や離職など、一時的に家族の助けが必要になる場面もあるでしょう。
ただ、当初は一時的だった同居が長期化した場合、生活費を入れているか、家事をしているかだけでなく、今後どのような生活を目指すのかを確認することも必要です。親が支えられる期間にも限りがあります。「いつまで」「その後どうするのか」を具体的に話すことが、親子それぞれの将来を考えるきっかけになるでしょう。
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