妻がすぐには受け取らなかった理由
由美さんは、夫から300万円の話を聞いても、すぐには喜びませんでした。
「そんなにいらないよ。これから何があるか分からないでしょう」
信夫さんが退職金を受け取ったとはいえ、夫婦の生活はこれからも続きます。
家の修繕が必要になるかもしれません。車の買い替えや、将来の医療・介護にお金がかかる可能性もあります。
とはいえ信夫さんも、2300万円を勢いで使おうとしたわけではありません。預貯金や今後の収入、毎月の生活費を夫婦で確認したうえで、それとは別に使える金額として考えていました。
それでも由美さんは言いました。
「だって、あなたが働いてもらった退職金でしょう?」
信夫さんは、こう返したそうです。
「会社から振り込まれたのは俺の口座だけど、俺一人で40年やってきたわけじゃないから」
結局、300万円すべてを由美さん名義の口座へ移したわけではありません。夫婦で話し合い、その中からまず100万円ほどを旅行のための予算として確保しました。
行き先は、由美さんが以前から訪れたがっていたヨーロッパです。
残った分についても、すぐに使い切る必要はありません。「由美さんが自分のために使っていいお金」として、夫婦の資金計画の中で分けて考えることにしました。
「妻はブランド品が欲しいわけでも、高級車が欲しいわけでもないんです。でも、だから何もしなくていいという話でもないなと思って」
由美さんも、旅行の日程を調べるようになりました。
「最初はもったいないと思いました。でも、『私が使っていい分』と言われると、何に使おうか考えるのも楽しいんですよね」
信夫さんにとっても、それは単なるプレゼントではなかったようです。
「『ありがとう』なんて、改まって言ったことはほとんどなかったですね。退職したときに考えてみたら、妻にはずいぶん任せてきたなと思ったんです。今さらですけどね」
退職金の使い道に正解があるわけではありません。老後の生活費として確保することは重要ですし、住宅の修繕や医療・介護など、将来の支出に備える必要もあります。
その一方で、すべてを「将来のためのお金」として残すのか、一部を夫婦の経験やそれぞれがやりたかったことに使うのかも、家庭によって考え方は異なります。まとまったお金を受け取る節目だからこそ、金額だけでなく、これから何にお金を使いたいのかを夫婦で話してみることも大切でしょう。
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