「退職金はできるだけ残そう」夫が考えていたこと
「退職金が入ったからといって、急に贅沢をするつもりはなかったんです」
そう話すのは、61歳の信夫さん(仮名)です。59歳の妻・由美さん(仮名)と2人で暮らしています。
信夫さんは大学卒業後、メーカーに勤務。60歳で定年を迎え、その後は継続雇用で週4日働いています。
退職時に受け取った退職金は約2,800万円でした。住宅ローンはすでに完済していますが、夫婦は退職金の大部分を今後の生活のために残すことにしました。
厚生労働省『令和7年「高年齢者雇用状況等報告」』によると、従業員21人以上の企業のうち、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%。そのうち65.1%が「継続雇用制度の導入」によって対応しています。60歳を一つの節目としながら、その後も働き続ける環境は広がっています。
信夫さんも収入が完全になくなったわけではありません。それでも、現役時代と同じように使うのではなく、「退職金にはなるべく手をつけずにおこう」と夫婦で話していました。
ところが数ヵ月後、信夫さんは由美さんに言いました。
「300万円だけ、別にしておこうと思うんだ」
由美さんは驚きました。
「何に使うの?」
「君に使ってほしい」
信夫さんが考えていたのは、妻への「退職記念」でした。
2人にはすでに独立した子どもが2人います。
結婚後、由美さんは子育てをしながらパート勤務を続けてきました。子どもたちが大学へ進学した時期には教育費もかかり、家計に余裕があったわけではありません。
信夫さんは仕事柄、出張も多く、帰宅が遅い日も珍しくありませんでした。
「私が働いて退職金をもらったわけですけど、40年近く会社員を続けられたのは、自分一人で生活が成り立っていたからじゃないんですよね」
信夫さんには、以前から気になっていたことがありました。
由美さんが50代のころ、友人とヨーロッパへ旅行する話が出たものの、結局参加しなかったことです。当時は子どもの学費がかかる時期でした。
「行ってくればいいじゃないか」と信夫さんが言っても、由美さんは「今はいいよ」と断ったといいます。
その話を、信夫さんは覚えていました。
