「ここならのんびり暮らせる」夫婦で選んだ第二の生活
「東京を離れたことを後悔したわけではないんです。むしろ最初の数年は、本当に楽しかったですよ」
そう話すのは、72歳の俊夫さん(仮名)です。同い年の妻・裕子さん(仮名)と暮らしています。
夫婦は5年前まで東京都内のマンションに住んでいました。
俊夫さんは会社員、裕子さんはパート勤務。子ども2人はすでに独立しており、俊夫さんが退職したのを機に、以前から話していた地方移住を実行しました。
選んだのは、東京から特急などを乗り継いで3時間ほどの地方都市です。
中心部から少し離れた場所に中古の戸建てを購入。庭があり、車で少し走れば自然も豊かです。
夫婦の年金収入は月約27万円。東京のマンションを売却した資金もあり、新居の購入で住宅ローンを組む必要はありませんでした。
「東京にいたころは、どこへ行っても人が多いでしょう。退職したら、静かなところで暮らしたいと思っていたんです」
移住直後は、思い描いていた生活を楽しみました。
裕子さんは庭で花やハーブを育て、俊夫さんは近くの川へ釣りに出かけます。地元の飲食店を探したり、道の駅へドライブしたりするのも夫婦の楽しみになりました。
近所の人との関係も良好でした。
野菜をもらえば東京のお菓子を返す。顔を合わせれば立ち話をする。地域の行事にも無理のない範囲で参加していました。
それでも、3年ほど経ったころから、裕子さんが時折こんなことを口にするようになります。
「久しぶりに恵美さんたちと会いたいな」
東京にいたころ、裕子さんには20年以上付き合っている友人がいました。月に1度ほどランチをし、映画や展覧会にも一緒に出かけていたそうです。
移住当初は東京へ遊びに行くこともありました。
しかし、往復するだけで時間も交通費もかかります。「来月行けばいいか」と見送るうち、年に数回程度になりました。
俊夫さんにも似た変化がありました。
以前の同僚から飲み会に誘われても、夕方から東京へ出て、その日のうちに帰宅するのは難しい。泊まりがけにするほどでもないと断ることが増えていきました。
「東京にいたころは、友達に会うことを特別な予定だと思っていなかったんですよね。『来週どう?』で会えたので」
国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、今後の住み替えで住宅周辺の環境について重視する点を調査しています。65歳以上の夫婦世帯では「日常の買物などの利便」が持ち家で43.2%と最も高く、「医療・福祉・介護施設の利便」が15.6%と続きます。高齢期の住まい選びでは、住宅そのものに加え、周辺でどのような生活を送れるかも重要な要素になっています。
とはいえ、この時点では夫婦とも東京へ戻ろうとは考えていませんでした。せっかく手に入れた家があり、地方での生活にも気に入っている部分がたくさんあったからです。
