残高を見て、初めて考えた「使う時期」
妻が亡くなって半年ほど経ったころ、正志さんは自宅の引き出しを整理していました。そこで見つけたのが、妻が取っておいた北海道旅行のパンフレットでした。
「見た瞬間にものすごく後悔した、というほどではないんです。旅行に行かなかったことだけで夫婦生活が決まるわけでもありませんから。ただ、『あの20万円をそんなに惜しむ必要があったのかな』とは思いました」
正志さんが気になったのは、旅行そのものより、自分がお金を使う判断を何度も先送りしていたことでした。
当時も数千万円の資産がありました。それでも「将来必要になるかもしれない」と考えると、残高が減ることに抵抗を感じたのです。
妻が亡くなった後も、正志さんの生活費は大きく増えていません。それでも、「いつか」に回していたことの一部を実行することにしました。
70歳の秋には、学生時代からの友人を誘って2泊3日の旅行へ出かけました。以前なら一番安い宿を探していましたが、今回は温泉のあるホテルを選びました。
長年使っていたテレビも、壊れるのを待たずに買い替えました。
「今まで何であんなに残高ばかり見ていたんだろうと思いました」
現在は、毎年一定額を旅行や趣味に使うための予算としてあらかじめ分けています。残ったお金を使うのではなく、「ここまでは使っていい」と最初から決めることで、以前より抵抗がなくなったそうです。
正志さんは、今でも妻と北海道へ行けばよかったと思うことがあるそうです。ただ、それを「人生最大の後悔」とは考えていません。
「妻とは近場にも出かけたし、家で一緒に過ごした時間もたくさんあります。ただ、お金は減らさないことばかり考えなくてもよかった。今はそう思います」
老後資金には、何歳までにいくら使えば正解という基準はありません。長生きや介護への備えを考えれば、十分な資産を確保しておくことにも意味があります。
その一方で、年齢とともに体力や家族の状況は変わります。将来の支出に備えながら、今だからできることにどこまでお金を振り向けるのか。資産を「いくら残すか」だけでなく「いつ、何に使うか」まで考えることが、高齢期の家計を組み立てる一つの視点になるでしょう。
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