「誰もゆっくりお金持ちになりたくない」投資家に蔓延する“速さ中毒”
バフェット氏が、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスからこんな質問を受けました。
「あなたの投資哲学は実にシンプルで、誰にでも真似できるほど素晴らしい。それなのに、なぜ誰もあなたの真似をしないのですか?」と。
彼は、静かに、しかし断定的にこう答えたというエピソードがあります。
「誰も、ゆっくりとお金持ちになりたくなどないからだよ」
確かに、その通りかもしれません。私たちの本能には、「速さ」をどうしても求めてしまうところがあります。一刻も早く結果を出し、一刻も早く目的地に到着したい、自由を手に入れたい。
現代社会はその欲望を「タイパ」や「効率化」という言葉で正当化し、投資の世界でも、短い時間、極端な場合には数秒単位の価格変動に一喜一憂する「速さ中毒」がますます蔓延しているように見えます。
昨今、若者を中心に広がっている『FIRE(経済的自立と早期リタイア)』への強い願望も、この「速さ中毒」の延長線上にあるように感じてなりません。そこには、株式投資を活用して「人生を豊かにしたい」という意志よりも、むしろ「嫌な仕事から逃れるための最短ルート(脱出口)」と捉える焦燥感が透けてみえます。
しかし、この「速さ中毒」こそが、投資家にとって最も致命的な悪い結末をもたらす可能性があります。
「時間」という資産形成に不可欠な“栄養素”
株式投資という航海において、資産を築くための「時間」は、単なるコストではありません。それは、作物が育つのに必要な水や日光と同じ、不可欠な「栄養素」なのです。時間をかけずに巨大な資産を築くことが困難なのは、富の形成が「知識の蓄積」と「資本の成長」が複雑に絡み合う、極めて有機的な時間の関数だからです。
かけた時間、投じた時間、そしてその時間に耐えた「意志」の強さが、最終的な資産のサイズを決定づけます。
短期間で大きな利益を得る特異な事例は、確かに存在します。しかし、それらの多くは、ある特定の条件と時代の歪みが重なり合った「幸運かつ偶然の産物」に過ぎません。そこには再現性はなく、むしろ一度の幸運がその後の無謀な賭けを誘い、最終的な破滅を招くことさえあります。
私がみなさまに提案したいのは、単に「待つ」「じっと辛抱する」という忍耐ではありません。バフェットが「Nobody(誰もいない)」と断じたその道を、あえて自らの意志で、じっくりと時間をかけて選び取る。
そんな主体的な「のろま」としての生き方、そして株式投資のあり方です。