音を伴う情景が生き生きと示された、国木田独歩の『武蔵野』
日本人が自然音に親しんできたことを示す例証として国木田独歩(くにきだどっぽ)の『武蔵野』も示しておきましょう。
明治30年代に書かれたこのエッセイは、武蔵野の景観を通して、日本の田園美を描き出した作品として知られています。その中に「傾聴の章」と呼ばれる次のような一節があります。
「鳥の羽音、囀さえずる声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。叢(くさむら)の蔭、林の奥にすだく虫の音。空車(からぐるま)荷車(にぐるま)の林を廻り、坂を下り、野路(のじ)を横ぎる響。蹄(ひづめ)で落葉を蹴散らす音、これは騎兵演習の斥候(せっこう)か、さなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人である。何事をか声高に話しながらゆく村の者のだみ声、それもいつしか、遠ざかりゆく。独り淋しそうに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。隣の林でだしぬけに起こる銃音(つつおと)。自分が一度犬をつれ、近処の林を訪(おとな)い、切株に腰をかけて書(ほん)を読んでいると、突然林の奥で物の落ちたような音がした。足もとに臥(ね)ていた犬が耳を立ててきっとそのほうを見つめた。それぎりであった。たぶん栗(くり)が落ちたのであろう、武蔵野には栗樹(くりのき)もずいぶん多いから」
今ではあまり見られないような美しい文章ですが、ここにはまさに「もののね(音を伴う情景)」が、すなわち音を伴う情景が生き生きと示されています。日本人は、自然音に美を感じ親しむことを伝統としてきたのです。
『源氏物語』に見られる、楽音と自然音の融け合い
西洋では自然音に対して関心が払われることはなく、特に近代以降は、自然音と楽音は相いれないものとみなされていましたが、日本人は先にも述べたように自然音と楽音とを西洋人ほどには差別せず、両者は融け合うものとしてきました。
例えば、音楽物語としても名高い『源氏物語』には自然音と楽器音の融合する情景の描写が多く見られます。
一例を示すと、「若菜下(わかなげ)」には次のような一節が見られます。
「波風の声に響きあひて、さる木高き松風に、吹きたてたる笛の音も、ほかにて聞く調べにはかはりて身にしみ、御琴にうち合はせたる拍子も、鼓を離れてととのへとりたる方、おどろおどろしからむも、なまめかしく・すごう・おもしろく(以下略)」
波の音・風の音・木高い松風の音といった自然音と、笛・琴・笏拍子(しゃくびょうし)・鼓(つづみ)といった楽器音が、一緒に響いて調和して、ある感情を暗示までしています。
また、「鈴虫」という章では、自らの正妻で仏門に入った女三の宮(おんなさんのみや)に未練を抱いている、主人公の光源氏が、月夜に鈴虫を庭にまいて彼女の気を引こうとする場面や琴を演奏する情景が描かれています。
そこでは、虫の音、琴、去ろうとする女性への想い、月光、頬をなでる秋風というように、自然音(聴覚)、楽音(聴覚)、感情、秋の情景がもたらすその他の感覚(視覚、触覚など)が一体のものとして表されているわけです。
宗教的なほど愛好されてきた音
このように「もののね」が伝統的に楽しまれてきた理由としては、音そのものを愛好する日本人の特質も指摘されています。
まず、日本にはホオズキ、赤貝のような自然素材そのままのもの、鳩笛等の鳥や虫の声を擬した笛、鳴子、ササラのような民俗の中にあるものなど音の出るおもちゃ(音具)が実に多様に存在します。日本音楽研究家の茂手木潔子氏によれば、こうした音具の多くは、古来カミを呼び、魔を祓う強い想いとともに鳴らされてきた音に由来するものが多いといいます。
また、列島の山々を修行の場として巡った修験者(山伏)は、昔も今も山中で聞こえる風の音、滝の音、鳥の声など一切の自然音が仏の説法であり、音を通じてこそ六根(眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚能力)は浄化されるとの信仰を抱き続けています。
さらに、大正期から昭和前期に活躍した神道家、友清歓真(ともきよよしざね)は、「音霊(おとだま)の法」と呼ぶ、滝の音、小川のせせらぎ、雨の音などの自然音や物音を、正しい姿勢で聴くだけで心身によい効果がもたらされるという健康法を提唱しました。
ほかにも、蓮の花の開く音を聞いたり、虚空に鐘の鳴るのを聞いて発心(ほっしん)して寺を建立したり、日本では、音、特に自然音を聞くことが、時に宗教的なまでに愛好されてきたのです。
最近ではカナダの作曲家、マリー・シェーファーによって提唱されたサウンドスケープの観念が、日本で短期間に広まったのもその一つの表れでしょう。「音の風景」を意味するサウンドスケープの理念は、環境全体を音によって把握しようという運動へと展開していきました。このサウンドスケープ運動がきっかけとなって環境庁が平成8(1996)年に「日本の音百選」を制定しています。
牧野 英一郎
武蔵野中央病院理事長・院長
