▼帝都、大商店街
虫 リーリー……リーリー……
ワイワイ……ガヤガヤ……
酒場 ギャハハハ ワハハハハ
街娼 オニーサン アソビマショー
ワイワイ……ガヤガヤ……
黒エルフ「すっかり夜更けね」
女騎士「この時間に出歩いているのは酔客ばかりだな」
黒エルフ「ほんと、気楽に酒を飲める連中が羨ましいわ」
女騎士「……」
黒エルフ「……」
女騎士「……あの話は本当なのか?」
黒エルフ「……どの話?」
女騎士「お前が、影国の商家の生まれだという話だ」
黒エルフ「……」
女騎士「影国は小国ながら、貿易で栄える国だ。いまだに人間国に併合されないのは、商業で得たカネで莫大な上納金を納めているからだと聞く」
黒エルフ「……」
女騎士「影国の商家で育ったなら、お前が帳簿に詳しい理由も分かる。私が幼くして剣の扱いを教わったように、お前はカネの扱いを叩き込まれたのだろう。だが、ならばなぜ奴隷の身に落ちてしまったのだ?」
黒エルフ「……」
女騎士「許してくれ。こういうとき、私は気の利いた訊き方ができないのだ」
黒エルフ「……あたしが商家の血を引いているのは、事実よ」
女騎士「……」
黒エルフ「だけど、商売人の家で生まれ育ったと言ったら……嘘になるわ」
女騎士「?」
黒エルフ「……」
女騎士「えっと、つまり──」
黒エルフ「ごめんなさい!!」
黒エルフ「……ごめんなさい。今は、まだ……ここまでしか話せないわ」
女騎士「そうか……」
黒エルフ「だけど、それは……あんたのことが嫌いだからとか、そういうのじゃなくて──」
女騎士「よいのだ」ぽんっ
黒エルフ「!」
女騎士「よいのだ」ナデナデ
黒エルフ「……うん」
酔客「バカヤローッ! てめえに渡すカネはないよ! 消えな!」ドカッ
???「す、す、すみません……」
黒エルフ「……ねえ、あれって」
女騎士「ああ、なぜこんな場所に?」
???「う……うぅ……」
女騎士「大丈夫か、手ひどくやられたな」
???「あなたは……女騎士さま?」
女騎士「理髪外科医院の女中が、こんな時間に何をしている?」
下女「……お、お願いです! 1Gでもかまいません、どうかお恵みください!」
黒エルフ「はぁ? 物乞いなんて勘弁してよ!」
女騎士「待て。きっと何か理由があるに違いない」
下女「うぅ……。ど、どうしても現金の残高が帳簿と一致しなかったんです……」シクシク
黒エルフ「あたしが髪を染めている間に、あんたが帳簿を確認したのよね?」
女騎士「時間が足りなくて、不一致の原因を突き止められなかったのだ。正しい帳簿の付け方を教えるだけで精一杯だった」
黒エルフ「ふーん」
下女「そ、それで……ご主人様に、た、足りないぶんの現金を払うようにと言われたのです……」
女騎士「なるほど、だから物乞いをしていたのだな」
黒エルフ「だいたい、あんた本当に『正しい』帳簿のつけ方を教えたの?」
女騎士「もちろんだ!」
下女「……とても……勉強になりました……」
黒エルフ「へー」
女騎士「教科書どおりのことを教えたのだ。……たぶん」
黒エルフ「たぶんじゃ困るわよ。ハァ……。ここで話していてもラチが明かないわ。あたしが力を貸してあげる」
下女「そ、それでは!」
女騎士「お金を恵んでやるのか?」
黒エルフ「やるわけないでしょう。あたしは欲深い利己主義者よ?」
下女「?」
黒エルフ「あたしが帳簿を再確認してあげると言ってるの。外科医院に行くわよ」