「うちは大丈夫」と思っている家庭ほど、準備が足りない
――相続対策はしっかりやっている、というご家庭でも、トラブルになるケースは多いと聞きます。
八ツ尾順一氏 「非常に多いという印象を私も持っています。むしろ、『対策は一通りやっている』『税理士にも相談しているから大丈夫』と考えているご家庭ほど、申告後に問題が表面化する印象があります」
――それは意外です。なにも準備していない家庭のほうが問題になるイメージがありました。
「もちろん、準備不足が原因のケースもあります。ただ、より深刻になりやすいのは、『自分たちは理解しているつもりになっている』ケースです。
相続対策をしたという事実がある分、疑問や不満が後から出てきたときに、『なぜこんなことになったのか』という感情が強くなりやすいのです。
――具体的には、どんな点が抜け落ちやすいのでしょうか。
「多いと感じるのは、『相続人全員が、同じ情報を共有していない』という点です。相続税は、法律上は相続人全員が当事者になる税金ですが、実務では代表者が一人決まり、その人を中心に話が進むことがほとんどです。
――たとえば、長男が中心になるようなケースですね。
「そうですね。長男や配偶者が税理士とやり取りをし、他の相続人は『任せているから大丈夫だろう』という状態になりがちです。
申告書への提出は認めるものの、財産の内訳や評価の考え方については、詳しく理解していないまま進んでしまうことも少なくありません」
税務署が見ているのは「数字」より「経緯」
――税務調査についても、誤解されている点が多そうですね。
「多いと思います。『評価通達どおりに計算していれば問題ない』『専門家が関与しているから大丈夫』という考え方は、決して間違いではありませんが、それだけで安心できる時代ではなくなっています。
――税務署は、どこを見ているのでしょうか。
「数字そのもの以上に、『なぜその数字になったのか』というプロセスを見ています。
不動産評価が大きく下がっている場合であれば、
・その不動産の使われ方
・誰がどのように評価方針を決めたのか
・相続人全員がその内容を理解しているのか
といった点まで確認されることがあります」
――形式的に整っていても、実態次第では指摘される、ということですか。
「そのとおりです。近年は特に、『形式より実態』という考え方が強まっています。節税を意識するあまり、実態と乖離した評価になっていると判断されれば、修正を求められる可能性があります」
トラブルの本質は「情報の偏り」にある
――家族間トラブルも、同じ構造でしょうか。
「相続人の間に情報の偏りがあると、『知らされていなかった』『勝手に決められた』という感情が生まれます。
最初は税金の話だったものが、次第に『信頼』の問題に変わっていくのです。
――申告が終わってから、問題が噴き出す理由が分かるような気がします。
「申告前は、『早く終わらせたい』『揉めたくない』という気持ちが勝ちます。
しかし一段落すると、冷静になり、『本当にあれでよかったのか』と考え始める。そのタイミングで、情報の差が不満として表に出てきます。
これからの相続対策に必要なのは「全員参加」の視点
――では、これから相続対策を考える人は、何を意識すべきでしょうか。
「節税の前に、『相続人全員が理解できる状態をつくる』ことです。
専門的な内容をすべて理解する必要はありませんが、
・財産の全体像
・どんな選択肢があったのか
・なぜその方法を選んだのか
この3点だけは共有しておくべきです。
――税理士との関わり方も重要ですね。
「非常に重要です。『任せきり』にするのではなく、必要な場面では相続人全員が説明を受ける。それだけで、後々のトラブルは大きく減ります。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
「相続税対策は、『申告が終わった時点』で成功かどうかを判断すべきではありません。
その後に税務調査が入らず、相続人同士が納得し、関係が壊れていない。そこまで含めて、初めて「良い相続」だったと言えると思います。
税金を減らすことだけに目を向けるのではなく、人・情報・時間をどう整えるか。
それが、これからの相続対策で最も重要な視点です」

