相続税は数字の問題だと思われがちですが、実務の現場では、同じ財産内容でも結果に大きな差が出ます。不動産活用や生前贈与などの対策を講じていても、申告後に税務調査を受けたり、家族間で不満が噴き出したりするケースは少なくありません。その原因は、節税の巧拙ではなく、誰がどこまで理解し、どのような経緯で申告に至ったのかにあります。相続税は、計算だけで終わる税金ではありません。2025年12月に『富裕層の資産承継と相続税 富裕層の相続戦略シリーズ【国内編】』を刊行した八ツ尾順一氏に申告後にトラブルが起きる本当の理由と、これからの相続対策で見落としてはいけない視点について話を聞きました。

「うちは大丈夫」と思っている家庭ほど、準備が足りない

――相続対策はしっかりやっている、というご家庭でも、トラブルになるケースは多いと聞きます。

 

八ツ尾順一氏 「非常に多いという印象を私も持っています。むしろ、『対策は一通りやっている』『税理士にも相談しているから大丈夫』と考えているご家庭ほど、申告後に問題が表面化する印象があります」
 

 

 

――それは意外です。なにも準備していない家庭のほうが問題になるイメージがありました。

 

「もちろん、準備不足が原因のケースもあります。ただ、より深刻になりやすいのは、『自分たちは理解しているつもりになっている』ケースです。

 

相続対策をしたという事実がある分、疑問や不満が後から出てきたときに、『なぜこんなことになったのか』という感情が強くなりやすいのです。

 

――具体的には、どんな点が抜け落ちやすいのでしょうか。

 

「多いと感じるのは、『相続人全員が、同じ情報を共有していない』という点です。相続税は、法律上は相続人全員が当事者になる税金ですが、実務では代表者が一人決まり、その人を中心に話が進むことがほとんどです。

 

――たとえば、長男が中心になるようなケースですね。

 

「そうですね。長男や配偶者が税理士とやり取りをし、他の相続人は『任せているから大丈夫だろう』という状態になりがちです。

 

申告書への提出は認めるものの、財産の内訳や評価の考え方については、詳しく理解していないまま進んでしまうことも少なくありません」
 

税務署が見ているのは「数字」より「経緯」

――税務調査についても、誤解されている点が多そうですね。

 

「多いと思います。『評価通達どおりに計算していれば問題ない』『専門家が関与しているから大丈夫』という考え方は、決して間違いではありませんが、それだけで安心できる時代ではなくなっています。

 

――税務署は、どこを見ているのでしょうか。

 

「数字そのもの以上に、『なぜその数字になったのか』というプロセスを見ています。

 

不動産評価が大きく下がっている場合であれば、
・その不動産の使われ方
・誰がどのように評価方針を決めたのか
・相続人全員がその内容を理解しているのか
といった点まで確認されることがあります」

 

――形式的に整っていても、実態次第では指摘される、ということですか。

 

「そのとおりです。近年は特に、『形式より実態』という考え方が強まっています。節税を意識するあまり、実態と乖離した評価になっていると判断されれば、修正を求められる可能性があります」
 

トラブルの本質は「情報の偏り」にある

――家族間トラブルも、同じ構造でしょうか。

 

「相続人の間に情報の偏りがあると、『知らされていなかった』『勝手に決められた』という感情が生まれます。

 

最初は税金の話だったものが、次第に『信頼』の問題に変わっていくのです。

 

――申告が終わってから、問題が噴き出す理由が分かるような気がします。

 

「申告前は、『早く終わらせたい』『揉めたくない』という気持ちが勝ちます。

 

しかし一段落すると、冷静になり、『本当にあれでよかったのか』と考え始める。そのタイミングで、情報の差が不満として表に出てきます。


これからの相続対策に必要なのは「全員参加」の視点

――では、これから相続対策を考える人は、何を意識すべきでしょうか。

 

「節税の前に、『相続人全員が理解できる状態をつくる』ことです。

 

専門的な内容をすべて理解する必要はありませんが、
・財産の全体像
・どんな選択肢があったのか
・なぜその方法を選んだのか
この3点だけは共有しておくべきです。

 

――税理士との関わり方も重要ですね。

 

「非常に重要です。『任せきり』にするのではなく、必要な場面では相続人全員が説明を受ける。それだけで、後々のトラブルは大きく減ります。

 

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 

「相続税対策は、『申告が終わった時点』で成功かどうかを判断すべきではありません。

 

その後に税務調査が入らず、相続人同士が納得し、関係が壊れていない。そこまで含めて、初めて「良い相続」だったと言えると思います。

 

税金を減らすことだけに目を向けるのではなく、人・情報・時間をどう整えるか。
それが、これからの相続対策で最も重要な視点です」

 

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