相続税は、「自分が相続した分について、自分だけが責任を負う税金」だと思われがちです。しかし実際には、日本の相続税制度は、他の相続人の申告内容によって、自分の税額まで左右される仕組みになっています。さらに近年は、長年“王道の節税策”とされてきたタワーマンションを使った相続対策が、最高裁判決によって否定される事態も起きました。相続税を取り巻く前提が大きく変わりつつある今、富裕層はこの税制とどう向き合うべきなのでしょうか。2025年12月に『富裕層の資産承継と相続税 富裕層の相続戦略シリーズ【国内編】』を刊行した八ツ尾順一氏に話を聞きました。

「自分の申告は自分だけの問題」という誤解

――「評価通達どおりに申告していれば安心」「合法なら問題ない」。そうした前提が、もはや通用しなくなりつつある時代に突入したのではないでしょうか。相続税の相談で、「自分はきちんと申告したはずなのに、なぜ追加で税金を払うことになったのかと質問された」という声を税理士からよく耳にします。

 

八ツ尾順一氏 「本当に多いですね。多くの方は、相続税を『各相続人がそれぞれ自分の分を申告して終わり』という税金だと思っています。しかし、日本の相続税はそうした仕組みにはなっていません。

 

相続税は、まず相続財産全体を一つの単位として捉え、税額を計算する制度です。そこから各相続人の取得割合に応じて税額を割り振るため、誰か一人の申告内容が変わると、他の相続人の税額にも影響が及ぶのです」

 

 

――つまり、自分が関与していない財産であっても無関係ではいられない、ということですか?

 

「その通りです。日本の相続税は『法定相続分遺産取得課税方式』と呼ばれる方法を採っています。

 

まず遺産総額を法定相続分で分けたと仮定し、そこで相続税の総額を計算します。その後、実際の取得割合に応じて税額を配分します。この仕組み自体は、相続人間の公平を図るという理念に基づいていますが、実務では思わぬ問題を引き起こします」

 

――どのような問題でしょうか。

 

「典型的なのは、ある相続人が財産を過少に申告していた場合です。税務調査でその過少申告が是正され、遺産総額が増えると、相続税の総額も増えます。その結果、他の相続人の税額まで連動して増えてしまうのです。

 

実際、『兄が相続した不動産の評価が否認され、自分の税額まで増えた』『疎遠だった相続人の申告ミスのせいで追徴課税を受けた』といった相談は決して珍しくありません」

一人の過少申告が、全員の税額を押し上げる仕組み

――相続税は、相続人同士を運命共同体のようにしてしまう制度ですね。

 

「まさにその通りです。相続税は、相続人同士に連帯責任を課しているわけではありませんが、結果として連帯責任に近い構造を持っています。そのため、相続税の問題は、税務だけでなく家族関係のトラブルにも発展しやすいのです」

 

――こうした制度のなかで、不動産を使った相続税対策が長年行われてきました。

 

「はい。現預金は額面どおりに評価されますが、不動産は路線価や倍率方式で評価されます。そのため、多くの場合、実勢価格よりも低い評価額になります。

 

たとえば、1億円で購入した不動産でも、相続税評価額は7,000万円、場合によってはそれ以下になることもあります。相続税は評価額を基準に計算されるため、不動産を持つことで税負担を軽減できる余地が生まれます」

 

――特にタワーマンションは、その代表例でした。

 

「そうですね。タワーマンションは、同じ建物内でも階数や眺望によって市場価格が大きく異なります。しかし、相続税評価では、階数による価格差が十分に反映されません。その結果、高層階の高額住戸ほど、市場価格と評価額の乖離が大きくなります。この仕組みを利用したのが、いわゆる『タワーマンション節税』でした」

 

――それが、最高裁判決によって大きく見直されることになりました。

 

「この判決のポイントは、『評価通達に従っていれば常に正しいとは限らない』と明確に示した点にあります。裁判所は、形式的には通達に沿った評価であっても、著しく不公平な結果を生む場合には、その評価をそのまま採用しないことができると判断しました」

 

――不動産を使った相続対策そのものが否定されたわけではないのですね。

 

「そこは非常に重要な点です。不動産を持つこと自体や、不動産評価を活用することが否定されたわけではありません。

 

問題とされたのは、相続税の負担を減らすことだけを目的とし、経済合理性や実態を欠く取引でした。

 

たとえば、居住の予定もなく、短期間で売却する前提で高額な物件を取得していたようなケースでは、『本当にその不動産を持つ合理性があったのか』が厳しく問われます」

相続税が家族を“運命共同体”にしてしまう理由

――評価通達は絶対的なルールではない、という理解が必要そうですね。

 

「評価通達は、あくまで『一般的な評価基準』を示した行政内部のルールです。原則としては通達に従って評価すれば問題ありませんが、それによって極端な不公平が生じる場合には、例外的な修正が行われる可能性があります。

 

最高裁判決は、『評価通達6』は最後の安全弁として存在する、ということを明確にしました」

 

――この判決以降、相続対策に対する不安も広がっています。
「新たに富裕層への課税強化が税制改正で盛り込まれていますし、確かに、『これまで合法とされてきた対策が、後から否定されるのではないか』と心配する声は増えています。ただし、過度に恐れる必要はありません。

 

重要なのは、その対策に合理的な説明ができるかどうかです。なぜその資産を持ったのか、なぜその形で承継するのかを、第三者に説明できるかどうか。そこが問われています」

 

――テクニックだけに頼る相続対策は、通用しなくなってきている、ということでしょうか?


「そう言えます。相続税対策は、制度の隙間を突くゲームではありません。制度の趣旨を理解し、その範囲内で設計するものです。

 

相続税は『相続人全員に影響する税金』です。だからこそ、制度を理解せずに対策を講じると、思わぬ追徴課税や家族間のトラブルを招くリスクが高まります」

 

――これから相続対策を考える人に伝えたいことはありますか。

 

「相続税は、単なる税金の問題ではありません。家族、資産、将来をどうつなぐかという問題です。まずは制度を正しく理解し、そのうえで自分たちに合った形を考える。その姿勢が、これからの相続対策では何より重要になると思います」


 

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