地方移住において、「家賃が下がる」「生活費が浮く」といった経済的なメリットを期待する声も多く聞かれますが、現実は必ずしも計算通りにはいきません。光熱費や地域の維持費など、都会では想定しなかった出費が家計を圧迫することも珍しくないのです。それでもなお、多くの移住者が満足感を得ているのはなぜなのでしょうか。ある家族のケースをみていきます。
年収800万円・45歳の広告マン、北アルプスに移住も〈年収半減・貯蓄300万円取り崩し〉…それでも「地方移住して幸せです」と言い切るワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

「話が違う!」憧れの地方暮らし、最初の冬に届いた衝撃の請求書

「正直、甘かったと言われればそれまでです。移住前のシミュレーションでは『家賃は下がるし、物価も安い。年収が半減しても、お釣りが来るくらい余裕で暮らせる』と踏んでいましたから。でも現実は、移住初年度だけで貯蓄が300万円も吹っ飛びました」

 

そう苦笑いするのは、1年前に東京から長野県北部の山間部へ移住した田中健一さん(45歳・仮名)。 都内の中堅広告代理店で営業企画として激務をこなしていた健一さんは、コロナ禍でのリモートワークをきっかけに「人間らしい生活」を求め、妻の美咲さん(42歳・仮名)、小学生の息子2人を連れての移住を決断しました。

 

「地方移住のイベントに行って、移住先を決めました。自然豊かながら、住宅や子育ての支援、買い物のしやすさが決め手でした」

 

世帯年収は、都内在住時の約800万円から、現地の老舗食品メーカーの広報宣伝への転職で約400万円へと半減。仕事内容は大きく変わらず、それでいて残業はゼロ。月18万円払っていた家賃が、古民家風の一軒家で5万円になるなら、収支バランスは改善するはずでした。しかし、その計算は最初の冬に音を立てて崩れ去ります。

 

「まず、プロパンガスの高さに腰を抜かしました。東京と同じ感覚でお風呂を追い焚きしていたら、ガス代だけで月3万5000円。それに加えて、灯油代が月2万円……。家賃は下がりましたが、光熱費だけなら、東京にいたころのほうがずっと安かった」

 

さらに夫婦を青ざめさせたのが、都会では馴染みのない「見落とし支出」の数々でした。

 

●浄化槽の点検・清掃費: 下水道が通っていないため必須。年間数万円の維持費が発生。

●高額な区費(町内会費): 都内では月数百円だったが、ここでは「神社積立金」などを含め年間数万円単位で徴収される。

●車の維持費増大: 融雪剤による塩害でマフラーが錆びて脱落し、修理代に10万円。さらにスタッドレスタイヤも家族2台分で高額出費。

 

「極めつけは、築年数の古い家ゆえの修繕費です。冬の寒さで水道管が破裂したり、隙間風対策のリフォームをしたり。生活費が足りないわけではないのですが、こうした『突発的な出費』に対応しているうちに、貯蓄が減っていきました。移住するための取り崩しなども含めて、初年度は300万円ほど貯蓄が減って……妻も一時はパニック状態でした(笑)」

 

経済的な指標だけを見れば、彼らの移住は明らかに「計算違い」に見えます。 しかし、移住から1年が経った今、健一さんは「移住1年目は、色々と勉強代がかかりましたが、さすがに2年目は大丈夫です。最近は、移住して本用によかったと感じています」ときっぱりといいます。その理由は、子どもたちの劇的な変化にありました。

 

「東京にいた頃の長男は、中学受験のプレッシャーもあってか、チックのような症状が出ていました。でもこっちに来てからはピタリと止まったんです」

 

以前は深夜帰宅で寝顔しか見られなかった父親が、今は毎日18時には帰宅し、夕食を共に囲む。 家族との時間は劇的に増えたといいます。

 

「スキー場が家から20分なんです。リフト代も住民には割引で安い。収入と貯蓄の減少分は『家族の健康と時間を取り戻すための初期投資』だと思っています」