(※写真はイメージです/PIXTA)
久しぶりの帰省で見た、母の「小さくなった背中」
「『お年玉、取っておきなさい。あんたの家のローンの足しにでもするといいわ』と言って差し出されたのは、茶封筒に入った分厚い札束でした」
都内のメーカーに勤務する高橋健一さん(55歳・仮名)。今年の正月、妻と娘を連れて、埼玉にある実家へ1年ぶりに帰省したときのことです。父はすでに他界しており、実家には82歳になる母・良子さん(仮名)が1人で暮らしています。
「最初は数万円のお年玉かと思ったんです。孫(健一さんの娘)にやるには仰々しい袋だなと思って中身を見たら、帯封がついた100万円が入っていて……。思わず『なんだこれ!』と大声を出してしまいました」
健一さんは慌てて返そうとしました。母の年金は月12万円ほど。父の遺した預金があるとはいえ、決して裕福な暮らしぶりではありません。実家の畳は日焼けし、冬場でも暖房をケチって厚着で過ごすような生活をしている母が、ポンと出す金額ではなかったからです。
「こんな大金受け取れないと突っ返しました。母も80を超えてますから、病院に薬にと、お金がかかるでしょうし」
しかし良子さんは急に真顔になり、寂しげな笑みを浮かべてこう言ったそうです。
「いいのよ。お金を残しておいたところで、あの世には持っていけないでしょ」
詳しく話を聞くと、実は良子さんは昨秋の健康診断で内臓に病気が見つかっており、医師からは手術を勧められていたといいます。しかし、母はその事実を健一さんに黙っていたうえに、手術を断っていたのです。
「『もうこの歳になると、病気になって手術したところで長く生きられないでしょ。ドブに捨てるようなものよ。大した変わらないなら、痛い思いをして高い入院費を払っても意味ないわ』と。手術しない分お金が浮いたと、私にくれようとしたらしいです」
その言葉を聞き、健一さんは、実家が随分とキレイに片付いていることに気づきます。部屋の隅には不用品と書かれた段ボールが山積みになっています。良子さんは1人静かに「終活」を進めていたのです。
「お年玉だなんて言いましたけど、あれは母なりの『遺産分与』だったんですよね。『今まで苦労かけたから、最後くらい役に立ちたい』なんて言われて、情けないやら悲しいやらで、涙が出てきました」
結局、健一さんは「これで一番いい治療を受けてほしい。家族のために長生きしてほしい」と頭を下げました。しかし、良子さんは「家族には迷惑をかけたくない」「その分、家族のために役に立ちたい」と押し問答が続いたといいます。