かつては「円満な家庭」の象徴だった親子の同居ですが、現代ではそのあり方に変化が生じています。子世代の共働きを支えるための支援が、いつの間にか親世代の負担になることも。ある男性のケースをみていきます。
子に期待しない、孫にも期待しない…年金月16万円・75歳男性が歓喜。「家族のために生きる老後」をやめて手に入れた、驚くほどの至福 (※写真はイメージです/PIXTA)

長男夫婦のサポートのために同居をスタートしたが…

神奈川県内にある築古のアパートで一人暮らしを営む、長谷川健一さん(75歳・仮名)。長谷川さんは3年前まで、千葉県内にある長男夫婦の自宅で暮らしていました。同居を開始したのは5年前、長男に2人目の子が誕生したタイミングです。当時、共働きの長男夫婦から「保育園の送迎や家事のサポートをしてほしい」と要請を受け、長谷川さんも「家族の役に立てるなら」とこれに応じました。

 

当時の長谷川さんの生活は、朝6時に起床し、孫の朝食を準備することから始まりました。その後、長男夫婦を送り出し、2人の孫を順次保育園へと送り届けます。日中は掃除や洗濯、夕食の買い出しをこなし、夕方には再び保育園へ。
長男夫婦が帰宅するのは20時を過ぎることが常態化しており、それまでの間、長谷川さんは孫の相手と食事の世話を一手に引き受けていました。

 

長谷川さんの収入は、厚生年金を中心とした月額約16万円。同居中は食費の一部として5万円を長男宅に入れていましたが、自身の趣味であった囲碁や散歩の時間は自然と消えていきました。

 

「最初は感謝されましたが、1年も経つと家事も孫の世話も当たり前のように見られるようになって……。長男の嫁から『明日は残業なのでお迎えをお願いします』と言われれば、自分の予定はすべて後回しにするしかありませんでした」

 

変化が訪れたのは、下の孫が小学校に入学した時期です。長谷川さんの心境に変化が訪れました。長男夫婦との関係に大きなトラブルがあったわけではありません。むしろ関係は良好でしたが、だからこそ生じる甘えや依存が気になり始めたのです。

 

「家族と一緒に過ごす時間は、私にとってかけがえのないものです。しかし、同居していると、どうしてもお互いの境界線が曖昧になります。子どもたちは私に家事を頼るのが当たり前になり、彼らに頼りにされることでしか自分の居場所を感じられなくなっていました。でも、それは本当の幸せなのかな、と。このまま『おじいちゃん』という役割を全うして人生を終えるのもひとつですが、ふと、もっと自分勝手に、自分のためだけに時間を使ってみたいという欲が出てきたんです」

 

長谷川さんの収入は月16万円の年金。貯蓄もあり、経済的な不安はありません。ただ何か贅沢をしたいわけではなく、今一度、自立した誰にも気兼ねしない生活を送りたい――ただそれだけでした。その思いを長男夫婦に告げたのは、法事で親戚が集まった数日後のことです。長男夫婦は当初「何か不手際があったのか」と驚いていましたが、長谷川さんの「自分の人生を、自分のペースで歩き直したい」という真剣な眼差しに納得してくれたといいます。

 

現在は長男宅から電車で15分ほどの距離にあるマンションに住んでいます。家賃は月7万円ほど。生活はいたってシンプルで、今でもたまに長男家族の家に顔を出し、仕事で忙しいときにはピンチヒッターとして昔のように家事を手伝うこともあります。それでも夜には自宅に帰る。そんなサイクルが何とも幸せだといいます。

 

「朝、誰にも気兼ねせず、自分のためだけにコーヒーを淹れる。それが本当に美味しいんです。家族に過度な期待をせず、自分を生きているなあと感じるんですよね」

統計が示す「同居」と「幸せ」の複雑な関係

厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、全世帯に占める「三世代世帯」の割合は1986年の15.3%から、2022年には7.1%へと半減しています。また内閣府『令和3年度 高齢者の日常生活・地域社会への参加に関する調査』では、子どもとの同居を希望する高齢者が減少し、食事や会話を時々楽しむ「近居」を望む声が48.5%。
次いで「たまに会う程度(16.3%)」が続くなど、別居を前提とした良好な距離感を望む人が全体の約7割に達しています。

 

このような背景には、まず、互いの生活リズムやプライバシーを崩したくないという「ライフスタイルの尊重」があるでしょう。さらに子世代に介護などの心理的・物理的負担をかけたくないという気遣いも。そして昨今のデジタルツールの普及で、離れていても連絡が容易になったことも、別居を前提とした関係を望む人が増えている一因です。

 

内閣府『令和6年度 高齢社会対策総合調査』で同居人の有無別に生きがいの感じ方をみていくと、確かに家族と同居しているほうが、一人暮らしよりも生きがいを感じている割合が高くなります。
だからといって、高齢者の一人暮らしでは生きがいを感じられないというわけではありませんし、家族と同居していても生きがいを感じないケースも一定数存在します。

 

【同居人の有無別・「生きがいを感じている」高齢者の割合】

1人暮らし:61.4%

配偶者/パートナー:80.6%

親(配偶者、あるいはパートナーの親を含む):74.1%

その他(親族以外も含む):66.6%

子(子の配偶者、あるいはパートナーを含む):75.7%

 

家族との程よい距離感はそれぞれ。心地よい関係を探っていることが、結果として長期的な家族の絆を維持する鍵にもなります。