人生の折り返し地点を越えてからの「人間関係の在り方」
還暦を迎えると、当然、人生の折り返し地点は過ぎている。人生の残り時間も限られてくるため、時間に対する意識も、その使い方も、当たり前のように変わる。
30代や40代のときは仕事に集中し、成績を上げて、会社での競争に勝ち残るために費やす時間が多かった。社内の人間関係も大事なので付き合いもあり、また社外の人脈も広げていかなければならなかった。
定年後は、こうした仕事のために投入していたエネルギーや時間を、家族や友人などとのプライベートな人間関係や、あるいは個人的に興味のある趣味や勉強へと移行させてゆく。
私自身も還暦を越えてから、仕事も人脈も、かなり絞り込んだ。限られた残り時間においては何が重要か、あるいは何が不必要なのかを明確に線引きした。
たとえば酒を飲む機会が若いころに比べて格段に減った。40代までは、仕事の付き合いも含め、人間関係を広げるために飲む機会が多かった。ただ現在は、外で飲むよりも家族との時間を大切にしている。いま外食したり飲酒したりするのは、本当に親しい人や大事な人とだけに限定している。
ビジネスパーソンとして活躍していた時代は、上役や部下から様々に評価を下され、それが心地よいストレスになっていたはずだ。しかし、そうした緊張感を、自宅に持ち帰ってはいけない。もちろん自宅で家族を部下のように扱うのは論外。家族から煙たがられるだけだ。
もし定年後に、そうしたギャップに悩むとしたら、たとえば自分だけの「秘密基地」を造ってみてはどうだろうか? 何十年も昼間は自分だけの時間を送ってきた主婦にとって、定年後の夫は、突如として現れた異邦人、時にはエイリアンのように感じられるからだ。
定年後の人たちが「孤独にならない」理由
私が痛切に感じていることがある。「世の中に意のままにならないことがあると自覚している人は孤独にならない」という真理だ。こうしたことを若者よりも確実に自覚しているのが、定年後の人たちだろう。
ゆえに、ビジネスパーソン時代よりもストレスが少ない生活のなか、伸び伸びと生きることができるはずだ。特に、定年後の人たちのための「インフラ」が整っている日本では──。
たとえばイギリスには身分制度が残り、ゆえに就職においても縁故入社が多い。そして、労働者階級の人たちは、大学入学も難しい。そこで、まず最も実力が評価される軍隊で力を発揮し、大学に入学したりする。
日本ほど身分制度が顕著ではなく平等な社会はないだろう。であれば、起業するなどの「賭け」を除き、何にでもトライできるはずだ。
「やったことは、たとえ失敗しても、20年後には笑い話にできる。しかし、やらなかったことは、20年後には後悔するだけだ」(マーク・トウェイン/アメリカの小説家)
定年後の身軽な身分なら、「定年後のおカネ」について考えた上で、何にでもトライしてみてはいかがだろう。
佐藤 優
