インフレの影響は低所得者に集中
こうした賃金と物価の相互刺激作用が激しくなると、「賃金インフレスパイラル」と呼ばれる現象に陥る恐れがあります。インフレで生活費が上がると労働者はさらに高い賃上げを要求し、それに伴うコスト増で企業は商品の価格を一段と引き上げるため、インフレ率がさらに加速してしまいます。
高インフレで割を食うのは低所得者層です。その背景の一つとして支出構造があります。一般に所得が低い世帯ほど、収入に占める生活必需品の割合が高くなります。食料や住居費、光熱費など節約に限界のある品目への支出ウエイトが高い傾向にあるということです。収入のほとんどが、いわゆる生活費に充てられるという世帯も多いでしょう。そのため、エネルギー価格や食品価格の上昇に低所得者は脆弱です。
また低所得者は預貯金など金融資産が少ない傾向にあります。そうした家計にとって、インフレが重くのしかかることは言うまでもないでしょう。貯蓄を取り崩してインフレをしのげればいいのですが、その余地は限られています。
また「逃げ場」が少ないという問題もあります。たとえば、中・高所得者は旅行やおしゃれな衣服にかけるおカネを減らすなどして贅沢を止めることができますが、低所得者はそういった支出が元から少ない傾向にあるため、防衛手段に乏しい面があります。
さらに代替選択肢が少ないという点もあります。たとえば、全てのパスタが20%値上がりしたとします。所得がある程度高い世帯は、それまで買っていた300円のパスタが360円になるのに抵抗を覚えるのであれば、グレードを1つ落とし、値上げ後の価格が300円程度の商品に切り替えることができます。一方、元から最も廉価な商品を購入していた低所得層の世帯は、値上げを受け入れるしか選択肢がありません。
生活必需品は「買わない」という選択肢がありませんから、インフレが直撃します。また賃金が大きく伸びていたとしても、ベースの賃金が低い人は物価上昇に追いつけるとは限りません。
他方、インフレがむしろ追い風になるのは、豊富な金融資産や不動産を持つ富裕層です。株式はインフレに強い資産ですから、インフレ環境では上昇する傾向にあります。
富裕層は、生活必需品の負担増加を吸収してなお余りある資産価格の上昇にありつける可能性があります。これらを踏まえると、賃金と物価がどんどん上がると、消費者の生活は格差の拡大を伴ってさらに苦しくなってしまいます。
これが日本銀行を含む多くの中央銀行が物価目標を2%程度に設定している理由の一つです。賃金、物価、金融政策(金利)、株価、為替は全てつながっています。
つまり、株価や為替の予測精度を上げるためには賃金、物価、金融政策に対する理解を深める必要があります。
藤代宏一
エコノミスト
